高野山奥の院納骨

高野山は和歌山県伊都郡高野町にある山上の宗教都市で、

弘法大師空海が開いた千二百年続く信仰の聖地です。

2004年には、高野山町石道と金剛峯寺境内(6地区)、

建造物12件が熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』として

ユネスコの世界遺産に登録されて、今では世界中の観光客が訪れています。

奥の院とは

高野山 奥の院

壇上伽藍と呼ばれる多くの寺院が立ち並ぶ中で、

奥の院は弘法大師が入定された場所で、

今でも生きたまま座禅を続けていることから、

1日2回「生身供」というお食事を欠かさずに届けられているのです。

お大師様の髭や髪の毛は今でも伸び続けていると言われています。

高野山に納骨する歴史は古い

奥の院

高野山の一の橋から奥の院までの約2kmの道のりには、20万基以上の墓があり、

特に戦国武将の墓として、織田信長、豊臣家、徳川家、明智光秀、

石田三成、伊達政宗、武田信玄・勝頼、上杉謙信などの墓所があります。

樹齢700年を超える高野杉が林立している中に苔むした墓所が延々と続くさまは、

早朝の霧の中を歩いていると、神々しく、神秘的な光景です。

高野山に納骨されることは、信仰の聖地に納骨されることであり、

高野山に歴史があり、受け継がれ、守り通す多くの人々が係わることにより、

いつまでも末永く続くという場所に人々は憧れるのです。

高野山は日本中の魂の故郷なのです。

永遠に近いもの

永遠

私達の存在は亡くなって30年もすれば、やがては忘れ去られる運命です。

せっかく作ったお墓も、100年も続くことなく、続々と墓じまいされています。

そういう中で、一人の人間、あるいは家という単位は、とても小さな存在で、

あっという間に終わってしまう。

高野山という大きな存在は、いかなることがあろうとも、

今後も永遠に近い単位で続いていくことは間違いありません。

続いていかないといけないという役目を持っているからです。

お大師様が守ってくれる

弘法大師空海

弘法大師空海は当時の民衆の中に溶け込み、

井戸を掘ったり、ため池を作ったりと、各地を回って救済活動をしたので、

今でも全国に多くの伝説が残り、「お大師様」として親しまれています。

国を救い、民を救うことを実践し続け、入定した後は、

奥の院で今でも民の幸せを願い、座禅を続けられておられるのです。

生きながらに仏になった「即身成仏」は、誰にでも出来ることではありません。

厳しい修行を積み重ね、自らの欲望を断ち、

皆の幸せを願う者にしか出来ないことなのです。

私達も少しでも近づきたいが、決してまねのできないこと、

しかし、「お救いください」と素直にすがれば、必ず救ってくださる、

それがお大師様、実に寛大な仏の境地にすがるしかないのです。

信仰の聖地でお大師様に守ってもらえるなんて、これ以上有難い事はありません。

高野山奥の院納骨のご案内

高野山奥の院納骨

1200年続く信仰の聖地、そしてこれからも歴史と伝統を受け継ぎ、

多くの人のお参りが絶えないこの場所で、

そして開祖弘法大師空海の居られるすぐ傍に納骨できるなんて、

何と素晴らしいことでしょう。

この素晴らしい高野山に納骨出来ることは夢のような話ですが、

高野山真言宗やすらか庵代表僧侶清野 徹昭が責任を持って、

故人様を引導すると共に、皆さまをご案内させて頂きます。

また、高野山では仏門に入門、そして僧侶になるための第一歩である

授戒もご案内いたします。

仏事相談

故人様を送りつつ、生きる希望を見つけるための旅に出てみませんか。

高野山奥の院納骨同伴コースエンター

高野山奥の院納骨代行コースエンター