信仰

お釈迦様の悟りは私達には到底実現不可能です。

何故ならば、今の生活や家族を捨て、全ての欲望を断ち、

戒律を守り、難行苦行の修行をするなんて、

そんなことが出来る人はいないでしょうし、しようとも思わないでしょう。

私達の世界は悩み、苦しみで満ちていて、

この悩み、苦しみから解放されて、絶対的な幸福の境地に至るためには、

悟りを得るというのが、確かに一つの方法で、

何もかも捨て去って、全ての欲望を捨てるということがそのスタートなのですが、

そのスタート位置にすら立つことが出来ないのです。

そもそも私達は、生まれ変わり死に変わりの六道の輪廻転生の輪から抜け出して、

悟りを得て絶対幸福の境地に到達すること、

つまり仏になることを目標にしろと言われても、

目標が高すぎて、無理だと言わざるを得ないのです。

実現できそうな目標を示してもらわないと仏教も、絵に描いた餅になってしまいます。

それは私達はまず人として幸せになることです。

人としての幸せは、例えばお金持ちになりたいとか、

おいしいものを食べたいとかは仏教的には煩悩でありますが、

少なくとも自分だけの満足で終わらせないことです、

出来れば家族の満足のために行います、

お金を有意義に使って家族に喜んでもらうとか、

おいしいものを食べてもらって家族に喜んでもらいたい、ということです。

信仰とは、こういう単純なところから始まっているのです。

家族のためというのが、世のため、人のため、そして神仏、ご先祖と

つながっているのです。