メモリアル品

散骨供養ご利用の特典

高野山真言宗やすらか庵散骨供養をご利用の方には少量のお遺骨を入れて祭壇などにお祀りしたり身に付けたりすることが出来る手元供養品(メモリアル品)を2個まで無料で差し上げています。

このメモリアル品は私清野の手作り品でございます、既製品ではありませんので、一つ一つに祈りを込めて手作りしていますので、一生大切にすることが出来ます。

今の時代貴重な手作り品です

手作りメモリアル品

何故手作りにこだわるのか…それは供養というものは自ら心と体を使って奉仕することだからです。

ミシン掛けも刺繍もいたしますし、房も手編みです。

私は読経供養するだけではありません、供養のためには心と体を使って奉仕もいたします、僧侶の作務というものは祈りながら行うから修行になるのです。

亡き人のことをいつまでも大切にして欲しい、そう願うからこそ手作りにこだわるのです。

我が国は終戦後からは多くの人の切磋琢磨のモノ作りの技を磨き上げて今の豊かな国になっているのですが、今や人口は減少し高齢化社会、多死社会へと移行し、先進国から脱落し、先人たちが築き上げた技術は流失、消滅しています。

安い物が外国から大量に入ってくるものですからお金を出して買えば良い、しかしお金があればであり、今や国民の所得は減るばかりなのです。

今こそモノ作り、そして心を込めた、魂を込めたモノ作りの文化を再構築しないと我が国は滅びてしまいます。

遺骨を残すという事について

遺骨を残すという事

遺骨は本来こだわるべきものではありませんが、お墓があってお墓参りする習慣が私達の魂に根付いてますので、遺骨のある場所に行って亡き人と対話することが出来るのは、お墓ならではのことであり、誰もがお墓にこだわったり、遺骨にこだわったりするのは、ある意味お遺骨に対しての愛着なのです。

しかしお墓は後継者が居る人が建立するものであり、後継者の居ない人がお墓を建立することは出来ませんし、建立したところで無縁仏になってしまうばかりです。

最愛の人を失くした人は、骨壺の蓋を開けて手で触り、場合によっては食べたりする人も実際に居られますが、それほど遺骨に対して亡き人のことを思い、すがる気持ちがそうさせるのです。

遺骨を入れた骨壺に○○之霊と書くことがありますが、遺骨は亡き人の霊ではありません。

しかし遺骨に亡き人の霊が降りて来ることも可能であり、葬儀の時には位牌に対して霊が憑いてくるのですが、葬儀の行列で位牌の次に遺骨、遺影が続くのは遺骨や遺影が亡き人のことを表すものだからです。

散骨供養をして遺骨が全部無くなってしまうと寂しいと感じるようでしたら、少量の遺骨をメモリアル品に入れて差し上げますので、一生大切にして下さいませ。

持つのであれば一生大切に

メモリアル品はモノではありますが、亡き人のお遺骨が入っていますので、誰かに差し上げたりゴミとして捨てることが出来ません。

持つのであれば一生、自分が生きている限りずっと持ち続けるという覚悟が必要です。

最後にはもしご自分が万一の時にはそのメモリアル品も棺桶に一緒に入れてもらい、そうすることで一生守り続けたという責任が果たせるのです。

散骨供養とメモリアル

散骨供養

高野山真言宗やすらか庵の散骨供養を利用された方には手作りのメモリアル品を2点まで無料で差し上げます。

無料だからと言って気軽に利用するのはおすすめいたしません。

持つのであれば一生大切にして下さいませ。

粉骨供養とメモリアル

粉骨供養

高野山真言宗やすらか庵の粉骨供養を利用された方には手作りのメモリアル品を1点無料で差し上げます。

無料だからと言って気軽に利用するのはおすすめいたしません。

持つのであれば一生大切にして下さいませ。