毘沙門天開運法メニュー


毘沙門天は勝負必勝の福の神、願えば大きな力が頂けます。

毘沙門天開運法とは

毘沙門天開運法

毘沙門天開運法とは、毘沙門天の力を受けたり、守ってもらったりして運気を上昇していきます。毘沙門天王功徳経には毘沙門天の世界では福が溢れ出しているので、毎日3回その福を焼いているといわれるほどの福徳があるのですから、いくらでも頂けるのです。その湧いている福徳を頂かないことこそが実に勿体ないことなのです。

但し、頂くには礼儀作法も必要ですし、条件もあります。たくさんあるからと勝手に持って行くのは、泥棒以外の何者でもありません。

毘沙門天の開運には命の開運とお金の開運、そして時間の開運があります。

命の開運

命が無ければこの世では生きていけませんし、命が弱ければ病気や怪我ばかりしています。命の使い方が悪ければ、何をやってもうまくいきません。

仕事にしても家庭にしても命がけで何かをしたことがありますか?

命がけで何かを行うということは、必死でやるということで、集中力も要り、くたびれることでもあるのですが、例えば家族を守る事です、病気で苦しんでいる家族に対して、命がけで看病したことがありますか。本当に困っている家族に対して、命がけで守ったことはありますか。

命がけというのは、自分の命を捨てても構わないという覚悟のことです。誰でも自分は可愛いもので、自分を犠牲にしてまでも相手のために尽くすなんていうことはしたくないものですが、命というものは、命がけでやればやるほど、どんどん強くなっていくのです。

もしあなたの命が今日で終わりならどうしますか?

おそらく普段通りの生活は出来ないでしょう、残りの時間を使って大切なことを成し遂げるように努力することでしょう。何をするにしても全力で、1分1秒も無駄にしないことでしょう。

私達が生きている時間も地球や大宇宙の存在する長い時間からするとほんの一瞬の出来事なのです。大切にしないとあっという間に過ぎてしまう、命がけでしないと何も完成しない、このことに気付かなければいけません。

そして家族がいるのであれば、自分の命を子に、そして孫にとつなげていき、大切なことを伝えていき、それによって命を廻していくのです。

何事もやる気を無くしてダラダラとしていることは勿体ないこと、もっと必死で生きろと毘沙門天は邪鬼を踏み、憤怒の形相で私達に命がけの大切さを説いているのです。

お金の開運

お金は誰にだって必要なもので、無ければ困りますし、ありすぎてももっと欲しくなるもので、仏教では欲ということで、本来は捨て去らなければいけないものですが、お金は人を不幸にすることも出来ますし、幸せにすることも出来ます。

お金の「おさつ」というものは、漢字で書けば「お札」となり、「おふだ」と同じものですが、本来は神々にお供えするものであり、そのお下がりを使わせて頂いている訳で、神様からのお下がりなので、とても神聖なものであり、人を幸せにするような使い方をするべきものなのです。

毘沙門天の住む城には金銀財宝、とんでもない量の宝物があり、毘沙門天はいくらでも差し上げますよ、言っているのです。全くもって実に気前の良いと言いますか、スケールのデカい神様なのですが、ここで大切なことは、相手を幸せにする使い方をしなさい、ということです。

もちろん自分のために使うこともあるでしょうけれど、例えば家族ならば、自分が欲しい物のためだけに使うようでは失格です、相手が喜んでくれるために、それによって皆が幸せになるような使い方をしましょう。そういう使い方をすれば毘沙門天はもっとお金を廻してくれます。

遺産相続もしかり、絶対に誰にも渡さない、少しでも多く自分だけが有利になるようにとの気持ちが家族や親子、兄弟の崩壊につながっているのです。

毘沙門天王は右の手に如意棒を持ち、財宝を私達に与え、その使い方を伝授することによって相手を幸せにする実践をしているのです。

時間の開運

1日24時間、1年365日、時間は誰にでも平等に与えられたものではありますが、お金と変わらない財産であるにも関わらず、中々その大切さに気が付かないものです。

本当に忙しくて仕方ない人は、仕事をするにも自分一人でするには時間が限られていますので、お金で誰かを雇い、自分がやりたいことの代役を務めてもらうのです。

そうすれば自分の分身が何人も出来ますので、お金をたくさん出してたくさんの人を雇えば大会社になり、自分のやりたいことを大きな組織でやってもらえるようになります。

時間というものは、何もしないでぼーーーっとして過ごすことも出来ますし、人を不快にしたり不幸にするために使うことも出来ますし、相手を幸せにするために使うことも出来ます。

結婚式では主催する新郎新婦が一番幸せな時間を過ごすでしょうけれど、参加した人もまた幸せな思いを共有する時間を過ごすことが出来ます。

仕事で失敗して誰かに迷惑をかけたり、謝って回っている時にはかなり不幸な時間の使い方になってしまいます。

あなたの予定表には幸せな事をするための予定が入っていますか?

〇〇さんと会う、食事をする、家族で出かける、旅行に行くなど、幸せを作り出すための時間の使い方が上手な人は時間を決して無駄にしませんし、その究極の方法は長生きすることに繋がっているのです。

毘沙門天は今のこの時間を大切にしなさい、そして幸せになるように使いなさいと憤怒の形相で訴えかけているのです。

智慧の開運

智慧というものは知識ではありません、仏の叡智であり、大宇宙の真理を悟り、人を幸せにするものです。智慧があれば物事の正しいか間違っているかが分かりますし、善悪も分かります、人に騙されるようなことはありませんし、正しいことを語っていれば自然と周りに人が集まってきます。

仏の智慧があれば、私達が日頃悩んでいることが、どうでも良いことで、実はもっと大切なことがあったと気付くことが出来ますし、感謝の気持ちが自然に芽生えることで、知らない内に人から慕われるような人になることが出来ますし、真の幸せが何であるかが見えてくるのです。

仏の智慧を得るためには、学ぶことと、自分の内面を見ることの両方が必要です。智慧の開運には修行が必要になってきますが、私達は実は毎日の生活が修行みたいなもので、褒められて喜び、叱られて反省しと、どんなことでも修行であり、生きていることでさえ、修行なのです。

毘沙門天は左の手に宝塔を持つことで、智慧の大切さを説き、智慧の開運法も授けているのです。

毘沙門天開運術

毘沙門天の開運には、毘沙門天功徳経に書いてある「體を見名を聞き心に念ずる」ことをすれば良いのです。「體を見」とは、毘沙門天の姿を見る事で、「名を聞き」とは、マントラ(真言)を唱えること、「心に念ずる」とは毘沙門天を心の中で念じることです。

體を見

仏像でもお札でも良いので、毘沙門天の姿があれば理想です、祈るためにはお姿ぐらいは目の前にあった方が良いです。

名を聞き

毘沙門天のマントラ(真言)の「オンベイシラマンダヤソワカ」をお唱えすることです、この下に詳しく解説しています。

心に念じる

心に念じるとは、「體を見」そして「名を聞き」をしていかないと「心に念じる」ことが出来ませんので、簡単そうですが、実は難しいのです。しかし、毎日実践していれば、必ず毘沙門天の大いなる力を頂くことが出来るようになってきます。

開運マントラ

毘沙門天-開運マントラ

毘沙門天の開運マントラ(真言)は「オンベイシラマンダヤソワカ」です。聞いても意味はよく分からないかもしれませんが、意味など分からなくて良いのです。お金のかかることではありませんので、騙されたと思って108回唱えてください、不思議と心が落ち着くはずです。

マントラ(真言)とは

マントラ(真言)とは、宇宙に偏在している気、エネルギーで、神々が話す言葉であり、宇宙に偏在している波長でもあり、マントラを通して神々と繋がったり、気を頂いたりすることが出来ます。

マントラは言葉でもありますが、私達が普通に話す言葉とは違い、神々と対話する言葉ですので、私達の日常会話の中には使われませんが、マントラを唱えると独特の波長がありますので、その波長が神々の波長と合うことが出来れば、神々との会話も夢ではありません。

私達が文化的な暮らしをする遥か以前のこと、神々が人類を創造した頃に、私達が相手とコミュニケーションする方法として、神々が話す言葉をそのまま頂いた、それがマントラなのです。

私達の欲望がマントラを消滅させた

マントラは神々が話す言葉ですから、欲にまみれた低俗な言葉は一切ありません。マントラだけを話していれば神々と同じ存在であったものを、人間というものはやはり欲望の囁きには勝てずに、神々の言葉を少しずつ忘れていくうちに、今の私達にたどり着くのです。

しかし、神々の言葉であるマントラは、その存在を忘れられてしまっていても、私達の心の中に眠っていて、いつか呼び覚まされることを願い、待ち続けているのです。

生まれる時と死ぬ時に唱えているマントラ

私達は生まれて来る時には「オギャア」と言って生まれてくるのですが、母親の胎内から出てきて、息を吸いながら「ア」とマントラを唱えているのです。

また、死ぬ時には「ウン」と大きく息を吐きながらマントラを唱えていますので、生まれる時と死ぬ時には誰にも習わなくても自然とマントラを唱えています。

「ア」は神々のことばでも始まりを表すことばで、「ウン」は終わりを表す言葉であり、「ア」と「ウン」を合わせると「オン」となり、マントラでも良く使われているのです。

「ア」と「ウン」は私達の身の回りにある

50音

私達が日常で話す日本語はひらがなで50音になりますが、一番最初は「あ」から始まって最後は「ん」で、「あ」が始まりの言葉であることが分かりますし、「ん」が終わりの言葉であることが分かります。

また寺院の入り口の門の左右に仁王様がおられて、お顔をよく見てみますと、片方は口を開けて阿形と言い、「ア」とは物事の始まり、生まれる時に発する言葉で、もう片方は口を閉じて吽形と言い、「ウン」とは物事の終わり、死ぬ時に発する言葉です。

仁王-阿形  仁王-吽形

「ア」も「ウン」もマントラであり、今現在生きている私達は始まりと終わりの間を通り抜けることで、大いなる仏の智慧と力を頂くことが出来るのです。これは神社の狛犬も同じで必ず「ア」と「ウン」が対になっているのです。

神々をお祀りする場所にはこういった神々や宇宙からの大いなる力を受け止める仕組みがあり、神社や寺院に参拝して私達はそういった力を頂いているのです。

毘沙門天のマントラ

兜跋毘沙門天

毘沙門天から頂ける力は私達人間世界の中で得られる力としては最強の力です、「オンベイシラマンダヤソワカ」と唱えてみてください、毘沙門天のイメージが心の中に浮かべることが出来ればもっと効果的です、

「オンベイシラマンダヤソワカ」と唱えるのは1回じゃ少ないです、時間が無ければ7回、或いは21回、108回が理想です。

毘沙門天-マントラ

数を数えるのには、普通は数珠を使うのですが、正確な数を数えるのではなくて、ある程度心が落ち着くまで唱えるという程度で構いません。

毘沙門天のマントラを唱えると、その効果として

  • 心が落ち着く
  • 勇気が湧く
  • 正しい判断が出来るようになる
  • 力が湧いてくる
  • 運気が上昇する
  • 願い事が叶う

などの効果があります。

出来ましたら、時間があればの話ですが、1時間程度ずっとオンベイシラマンダヤソワカを唱え続けてください、ここで大切なことは毘沙門天のマントラがループすることです、1つ1つのマントラをつなげているのではなくて、ずっと繋がって、川の流れのように流れていく感じです。必ず大きな力を頂けます。