御縁とは

御縁とは

御縁とは人と人、動物、神仏などをつなぐ目には見えない糸のことで、守り本尊、男女、恩師、ペットなどの様々な出会いが私達の人生を豊かにします。

御縁の種類

御縁は目には見えない糸のようなものですが、色々な種類があります。

良縁

良縁とは良い御縁のことで、今まで出来なかったことが出来るようになったり、希望を持てたり、仕事の業績が良くなるなどの、運気が上昇していく御縁のことです。

人生の中での最大の御縁は恋愛、結婚で、お相手に恵まれて人生が好転したような方がたくさん居られます。

良い家庭を持つことが出来て子供の御縁にも恵まれたら、毎日が希望に満ちた人生を送ることが出来ます。

また仕事上の良い御縁や良き師匠との出会い、良き友との出会いで人生が豊かになることがあるのです。

悪縁

悪縁とは病気や事故、精神的に落ち込むなどに繋がる御縁のことで、対応の仕方が悪ければ更なる悪縁が舞い込んできますので要注意です。

何かに取り憑かれていると思ってインチキ霊能者の元に通って財産を使い果たし、廃人同様になってしまう人などは徹底的に悪縁に憑かれているのです。

こういった状態から抜け出すには悪縁を綺麗に切ってしまうしかありませんので、強い精神力が必要になります。

人と人との御縁

御縁の中で最も多いのは人と人との御縁です。

男女の御縁は恋愛や結婚につながり、結婚すれば当人同士だけではなくて家族同士の御縁も生まれ、子供が出来れば親子の御縁となり、子供が成長するにつれて幼稚園や小学校の友達や先生、親同士の御縁も生まれてきます。

一組の男女が出会っただけで無限に広がっていく御縁は偶然でもあり、必然でもあります。

その他には例えば師匠との御縁があり、仕事の上で親身になって教えてくれ、時には親以上に厳しくそして優しく、技術や技を伝えるためにと情熱を注いでくれた方には感謝しかありません。

人と動物との御縁

近年では家族の少人数化が進んでいる影響で夫婦だけの家族やお一人様の世帯が増え続け、そういう時に犬や猫などの動物が居れば家族の一員として急に賑やかになるのです。

人はたとえ親子兄弟であっても騙したり騙されたりすることがありますが、ペットは絶対に裏切られるようなことが無いので、ただひたすらに従順でいとおしい存在なのです。

動物との御縁もまた可哀そうな猫を保護してしまうような人でしたら気が付いたら何匹もお世話しているもので、放っておけないような優しさが次の御縁に結び付いてしまうのです。

人と神仏との御縁

仏縁もそうで、仏様は心が未熟な私達を成長させるために御縁の糸を張り巡らせて下さっているのですから、たまたま目にした仏様であっても御縁の糸で結ばれているのかもしれません。

仏縁は無智なる衆生を救済するのが仕事であり、目に見えない世界での救済というものは、私達を救い上げるために実に様々な御縁を下さるのです。

御縁は頂くもの

御縁には色々な種類があっても全ての御縁というものは頂くものであり、自分が努力した結果として切り開いた御縁であっても実は頂いたご縁に気が付かなかったというだけのことです。

仏教で説く仏の心は「相手の幸せを願う」心であり、そのための御縁をたくさん張り巡らしていますので、私達は案外気が付くことなく御縁の恩恵を受けているのです。

私達が気が付くことなく御縁を受けていても仏はただひたすらに与えるだけの存在であり、私達がその御縁が仏様から頂いた御縁であるという事が分かるまで待っておられるのです。

良い御縁を頂くには

毘沙門天の御札

御縁にも良い御縁と悪い御縁がありますので、良い御縁を頂く方法について説明します。

利他行の実践

利他行とは他の幸せのために尽くすことで、毘沙門天信仰の基本です。

御縁というものは頂くものである以上、良い御縁を頂こうと思ったら自らは良い行いをすることが大切で、悪い行いをしてはいけません。

仏が他の幸せを願って居られるのですから、私達も仏の心を持って他の幸せを願う行いをすれば仏の加護を得られやすくなります。

毘沙門天は天界にありながらも私達人間界の世界に出向いて魂の救済のために働いておられるのですから、そういった使命を持たれた方が身近に居られることは実に心強いものです。

感謝することで次の御縁につながる

「この度はとても良い御縁を頂き有難う御座いました」結婚式の時のスピーチでもこういった言葉はとても清々しいもので、感謝の気持ちがこちらまで伝わってきます。

謙虚な人は決して自分のことを驕り高ぶりません。

そして素直に頂いたものに感謝する心を持っているのです。

感謝の言葉「ありがとう」は仏教用語です

私達が生きているという事は皆がとても有難い御縁を頂いているからなのです。

仏様から頂いた御縁は感謝することによって良き功徳となり、更に次なる功徳につながっていくのです。

毘沙門天は身近な天部の神として多くの眷属を抱え、日夜走り回っておられるのですから、御縁というものは身近な所にたくさんあるのです。

難しい悟りの内容を説く仏様も確かに有難いのですが、身近な神の方がお付き合いし易いのです。

私達の身の回りには多くの神仏が居られますので、私達にとって御縁のある神仏とお付き合いすることが出来れば、実に豊かな人生になります。