散骨も供養であり、供養は散骨で終わりではありません。生きている限り亡き人は傍にいるのですから、私も生きている限り亡き人と皆様のために精一杯のことをさせて頂きます。


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僧侶が行う散骨

散骨とは

海の散骨 森の散骨

散骨とは亡き人の遺骨を粉状にして海や山などの自然に散布することです。

後継者がいない方が増えてきたことや、お墓を持てない方、お墓に価値観を持てない方などの利用が増えています。後継者がいない者にとって、お墓を造っても確実に無縁墓になってしまいます。また、現在あるお墓をどうするかという問題は解決できない心の重荷となります。

散骨は本来遺骨を捨てるものではありません、お借りした体を自然にお還しする選択肢なのです。

私は15年の長きに亘って散骨の普及に尽力して参りました。当初は散骨と言えば一部の有名人が豪華クルーザーに乗って散骨するようなイメージが先行し、一般の方がするようなものではありませんでしたが、テレビや映画、ニュースなどで散骨が取り上げられる度に爆破的に普及していきました。

我が国では散骨に関するルールやマナーなどが一切なく、国としても皆の宗教的感情などを考慮して見守っているという状況なのですが、少子高齢化、核家族化、人口の減少が加速的に進んでいる現代では産業の衰退が著しく進み、今後生き残っていける産業として老人介護、葬祭サービスが注目された結果として、他業種からの葬祭サービスへの参入が増え、資格不要で許認可制ではない葬祭サービスは、全くの素人の参入も含めて、大変に質の低下が著しいものになってしまっているのが現状なのです。

散骨が普及したことは大変に喜ばしいことなのですが、普及と同時に質の低下が大変に心苦しい状況です。

2016年にNPO法人を立ち上げたのも、散骨に対するルールやマナーの普及がその大きな目的でしたが、NPO法人として声を張り上げていても、聞いてくれる人は少なく、むしろ世の中の流れが亡き人を粗末に扱うような悪い流れに進んでいってしまっているので、これはもう宗教者として訴えるしか他に方法がないのではないかと思っている次第です。

亡き人のことを粗末にしてはいけないということを説けるのは、宗教しかありませんが、その宗教にしても、真の意味で亡き人と生きている人の両方の幸せを思い、法を説く活動がなされていないのが現状なのです。

生前中に故人様が散骨を希望していたのであれば、それを実践して差し上げることが最大の供養であり、実践しなければ無念の思いが残ってしまいます。

礼拝の対象として喉仏などの少量の遺骨をメモリアル品として残すことをおすすめいたします、但しご自分が亡くなった時には棺おけの中に入れてもらってください。

供養という意味では、少量で充分です、最後の最後まで守り続けることこそ供養というものです。

散骨は供養の始まり

散骨をされる方は後継者がいない方がほとんどなのですが、散骨を済ませたらもう何もしなくて良いとお考えの方が多く、そういう方に限って時間が経つにつれて空虚感が増していくことがあり、人というものは、やはり何かに頼らないと生きていけない程の存在であることに気付かされるのです。

散骨する時には全部散骨せずに、少しだけ残してお祀りし、供養して差し上げましょう。親戚は呼ばなくても良いですから、法事も可能でしたらして差し上げましょう。供養というものは、亡き人のためにするものですが、実は自分の為にもなるのです。

人間であるならば、親兄弟を大切にしましょう、亡き人を大切にしましょう。亡き人を大切にすれば、最後に自分も亡き人に救われます。ご縁を大切にするのが私達の務めであり、使命なのです。

淳和天皇の散骨に学べ

淳和天皇-散骨

最近は映画やドラマ、ニュース、雑誌の特集などで散骨がクローズアップされる機会が増えてくるにつれ、散骨っていつ頃からされていたのだろうかという素朴な疑問が湧いてきます。

わが国では古くから放るという習慣があり、ほうむる(葬る)は、ほうる(放る)が語源になったと言われています。遺体の処理として、野山に捨てることがごく普通に行われていたのです。

しかしこれは生身の体をそのまま自然に還すという方法で、散骨とは火葬した遺骨を粉にして散布することです。

わが国では歴代天皇の中で唯一散骨した天皇の淳和天皇が、平安時代に現代の散骨と同じ方法で散骨を実践されています。

淳和天皇の散骨には時空を超えた素晴らしいメッセージが込められています。現代の私達に是非とも必要な、他を思いやる気持ちです。没後に大きな古墳などを残さなくとも、大きなメッセージを残されているのです。

この事実を是非多くの方に知って頂きたいと思います。

淳和天皇(786~840)は葬送の簡略と散骨を遺詔し没後はそれに従って山中に遺骨が撒かれました

淳和天皇とは

淳和天皇

桓武天皇の第三皇子で母は藤原百川の娘旅子であり、大同5年(810)の薬子の乱後、嵯峨天皇によって皇太子となり、弘仁14年(823)に即位しました。嵯峨上皇の支えにより、平安遷都4代目の治世は安定し、穏やかな日々が続きました。

上代より行われてきた葬送の儀式は、権力者の力が大きくなればなるほど盛大に行われ、それにかかる費用と年月は、民衆の生活を圧迫し、苦しめるものになっていました。

大化2年(646)に出された大化の薄葬令は、貴族や豪族に対し、膨大な費用と労力をかけて行う葬儀を簡略化し、民衆の窮状を救うことを目的に発令されました。

持統天皇(645~702)は最初に火葬された天皇ですが、自らの葬儀に関しては「政務はいつもの通りに行い、喪葬はつとめて倹約し、簡素にすること」と遺詔しました。民衆の窮状を救うために、自らの葬儀を簡略にすることを願ったのです。

そのような流れを受けて、淳和天皇は自らの葬儀に関し、「骨を砕き粉となし之を山中に散らせ」と遺詔し、

没後は近臣によって遺言通りに火葬をし、遺骨を粉砕して西嶺上山中に散骨したのです。

京都市右京区の小塩山山頂(標高642m)にある「大野原西嶺上陵」は淳和天皇を祀る古墳として、宮内庁管轄となっています。

また麓には淳和天皇を火葬したと伝えられる「淳和天皇火葬塚」や、

淳和天皇-火葬

淳和天皇の柩車を納めたという伝承の残る「車塚」などの古墳が点在します。

淳和天皇陵

2012年10月3日の神戸新聞夕刊より

淳和天皇-神戸新聞

天皇が散骨を選んだ理由

ここで大切なことは、淳和天皇が散骨を選んだ理由です。

承和7(841)年5月、淳和天皇は自分の子である恒貞親王に対して「予素より華飾を尚ばず。況や人物を擾耗するをや。斂葬の具は、一切薄に従ひ、葬畢らば、縗を釈(す)て、国人を煩はすことなかれ。(中略)

予聞く。人没すれば精魂天に帰すと。而るに空しく塚墓を存せば、鬼物これに憑けり。終に乃ち崇を為して、永く後累を胎(のこ)さん。宜しく骨を砕き、粉となしてこれを山中に散くべし。」と遺言しています。

これは、「自分は平素より華飾を尊ばない。ましてや、人や物を無駄にするなどもっての外である。葬送に用いる品々は悉く簡素にして、葬儀が終わればすぐに喪服を脱いで、国民を煩わせてはならない。(中略)人は死ねば魂は天に帰るというのに、無駄に墓を残せば鬼が憑き、ついには祟りをなして後世に災いを残してしまう。骨は砕いて粉にして、山中に撒くように」とのことでした。

何と言っても散骨を希望された天皇は前代未聞のことだけに、廷臣らは「御陵がなかったら、自分たちは何を仰ぎ見ればよいのか」と嘆きましたが、淳和天皇は嵯峨上皇の指示に従うよう言い残し、嵯峨上皇は淳和天皇の遺志を尊重することとしました。

遺言については諸説ありますし、波乱の時代にあって祟りを恐れて散骨、という神戸新聞のような見方もあります。

しかし、もし自分が怨霊となって祟りを及ぼすのは子孫や国民であり、それを阻止するために散骨したとしても、子孫や国民を守るためであり、決断するにも相当に勇気のいることであったでしょう。

他の幸せを思うことは仏法における徳である

いずれにせよ淳和天皇の散骨は、残された人達がしたことですから、散骨する側にとっても相当に勇気のいる決断であったことは間違いありません。

天皇はある意味、神話時代からの神の子孫として、国を守る守る立場上、天皇陵と呼ばれる所に祀られる存在なのです。

天皇の散骨なんて前代未聞、場合によっては天皇観をも覆すようなことをされたということは、とても大切なことであり、地位や名誉を捨てるという意味では仏法の釈迦の悟りである、「こだわりを捨てる」ということに繋がっていることであり、子孫、人民を思うということは、仏法での「利他行」に繋がっているのです。

天皇の散骨は、この仏の心があるからこそ史実として、或いは美談として残るのであります。他の幸せを願う勇気ある決断は仏教への深い帰依があってこそ出来ることです。

ある意味他を思う菩薩行によって、神仏の境地にまで到達した天皇と言えます。

仏法における散骨

釈迦の本来の仏教では死後の遺体や遺骨に執着することはありません。輪廻転生で生まれ変わっている者にとっては、自らの肉体であれただの抜け殻なのです。ましてやお墓を作ったりということもいたしませんので、こだわる必要の無いものは、「捨てる」という扱いで良いのですが、我が国の仏教は土着の信仰を取り入れて先祖供養をしたり、位牌やお墓を作ったりしていますので、純粋な仏教ではありません。

私達は家という制度の下で、家族と言う単位を大切にし、親から受けた恩を子に施すということを繰り返してきたことが日本人としての善なる国民性を築きあげてきたのです。

この親、家族を大切に、そして幸せにするということが最も身近な利他行であり、この延長線上に一切衆生のための利他行があるのです。

その根底にあるのが、親孝行と先祖供養なのです。

大切な人が亡くなったとして、例えば遺品の整理にしても、思い出が詰まったような物でしたら、そう簡単には捨てられないでしょうし、粗末に扱えないもので、それが遺骨でしたら尚更で、仏教の教えだから遺骨は捨てて来いと言われても、そう簡単には捨てられません。

遺骨を捨てるという風潮

以前にNHKのクローズアップ現代という番組に出させて頂いたことがありますが、番組の内容としては「捨てられる遺骨」ということに焦点が当てられていて、やすらか庵は遺骨を捨てるという事とは対照的な事例として出たのですが、番組の作り方が曖昧で、捨てるということを正当化したような印象を受けました。

今の時代、いかに安い料金で遺骨を捨てて来れるかの業者間の競争は、死者を食い物にした醜い争いとなっています。

確かに親の恩など全く受けていない人や、借金を残して亡くなった人、誰からも嫌われてしまった人、縁の遠い人を仕方なしに受け入れた人ならば、葬式もしたくないでしょうし、墓を作るなんてもったいないと思うでしょう。

今の時代、人間関係が軽薄になってしまって、手厚い葬儀をしない、したくないという人は巷に溢れているのです。これも日本人の死生観になりますが、惨めな死に方をしたくない、という気持ちはきっと誰にもあると思います。

あの世に行くのに、どんな死に方であろうと関係ないのですが、仏教的には、人を惨めな死に方をさせたら、自分もそうなるのであって、これは死生観というか、倫理観、道徳観にもよりますので、その人が決めれば良いのですが、最後の在り方というのは、次の世界に繋がっているのではないでしょうか。

仏法を今の習慣に適用するのは無理がある

釈迦の仏法ではお葬式もお墓も遺骨も執着であり、悟りに無関係なものです。

悟りの世界ではお葬式もお墓も不要、遺骨は捨てても構いません。

しかし、この世は悟りの世界ではなくて、人間界です。釈迦はこの世が苦に満ちた世界であることを見抜き、輪廻転生の輪から抜け出すことが出来た仏であり、釈迦のおられる所は私達の世界のはるか彼方の上の上にあり、たとえ私達がどんなにがんばって釈迦を目指して修行したとしても今生では決して仏になれないことを思うと、如来の価値観をそのまま現世に適用するには無理があるのです。

天界の教え

釈迦のおられる如来の世界より遥かに下にあるものの、私達人間界に一番近く、輪廻転生では最上界、私達庶民に分かりやすい説法を説き続けている毘沙門天がおられる天界の教えでも結構まだ難しいレベルではありますが、何とか私達も実践出来るレベルで悟りに近づけてもらえます。

釈迦に近づきたいという目的意識を持ちつつ、現世で出来ることを実践すれば良いのです、それは何かと言いますと、親孝行なのです。

親孝行なんて仏教の教えではないのですが、煩悩にまみれた私達が仏法に近づくために是非とも必要なことなのです。

親というものは、血の繋がっている身内ではありますが、ある意味他人でもあります。

他人の苦しみを救い、幸せになるために尽くすこと、これは利他行と言いまして、如来の心にも通じる大切な心なのであって、親を喜ばすという単純なことを徹底して実践することです、言葉で表すなら「ありがとう」です。

ありがとうの気持ちがあれば遺骨を捨てることはないと思います。

無縁仏にならないために

無縁仏とは、亡くなった人を弔う親族・縁者が無くなってしまったことで、お墓の継承者がいないので、後に入る人も無く、またお墓参りをする人もいないお墓のことです。

地方から都会に移り住んだ場合、家や土地は売ることがあってもお墓は簡単に整理して処分するということが出来ず、そのままにしていることがほとんどで、都会の生活が長くなるにつれ、だんだんと足が遠のいて、草木に覆われたりして荒れ果てたお墓が数多く見られます。

また都会で生活している人でも子供が無かったり、後継者が離れて住んでいたりなどの理由で1代限りのお墓となり、無縁仏になったお墓が東京都内の主要霊園だけでも1割を超えると言われています。

無縁仏は、お参りする人がいなくなったお墓がそのまま放置されて荒れ果てている場合と、霊園などで無縁仏になったお墓の棹石だけを集めて無縁仏のコーナーを作って管理している場合があります。

地方でよく見かける草木に覆われて荒れ果てたお墓は、横を通るたびに気の毒な思いをします。また特に立派なお墓であった場合は、人間の世界の栄枯盛衰を感じます。

整備された都会の霊園では草木が覆い茂るようなことはありませんが、それでもお墓参りをする人が絶えてしまったお墓はすぐに分かります。子孫繁栄を願って作られたお墓も、子孫がいなくなってしまっては、願いが叶わなかったことで、いっそう寂しさを感じます。

平成11年3月に改正された「墓地、埋葬等に関する法律」では、墓地の使用者が死亡、あるいは管理料未払いのまま3年間放置した場合、「無縁墳墓に関する権利を有する者に対し、1年以内に申し出るべき旨を官報に掲載し、かつ無縁墳墓等の見易い場所に設置された立札に1年間掲示して公告し、その期間中にその申し出がなかった旨を記載した書面」を当該役所に提出すれば無縁墓地を整理することができるようになりました。

従来は、墓地使用者と死亡者の本籍地、住所地の市町村長に照会し、回答を得ること、また、2種以上の新聞に3回以上公告を出し、申し出がなければ処理することができるというシステムでしたので、その煩わしさを軽減するために簡略化されたのですが、その背景には無縁墓地の増加が深刻化してきた事実があるのです。

このようにして整理された無縁仏は、無縁仏として合祀されたり、供養塔に納められることになります。

縁が薄くなってしまう、あるいは後継者がいなくなってしまうことによって無縁仏になってしまうのですが、無縁仏にならない方法はありません。

子々孫々、子孫長久、末代までということはとても目出度いことなのですが、これはあくまでも理想であって、実際は無理だということを悟らなければいけません。ある意味、墓を作らない散骨は無縁仏にならない方法なのです。

諸行無常

諸行無常とはお釈迦様の悟りの一つで、この世には永遠に続くものは何もないということです。

人間の寿命にしても、地位、名誉、お金、財産などのものは永遠には続かないのです。

お墓にしてもしかり、子孫長久を願って作られたものではありますが、決して永遠には続かないのです、かなりの長きに亘って続く家もありますが、それでもいつかは滅びる運命にあるのです。

それを悟るのが諸行無常なのです、しかしいくら永遠に続かないからといって、投げやりになるのではなく、永遠に続くことを願いながらも、続かないと分かった時にはきっぱりと諦めて、綺麗にお片付けする、これでいいんです。この世では立派な悟りに近づくための方法なんです。

散骨には儀式が必要である

私達の人生の中では「~式」と呼ばれる儀式をたくさん経験するはずです。

入学式、卒業式、入社式、結婚式、上棟式、葬式などですが、いずれの儀式も、人生の節目としての儀式であり、出席する本人がある地点を通過したことを実感すると共に、参列者に認めてもらい、場合によっては神仏や先祖にも守護してもらうように祈るという儀式なのです。

散骨は本来、お墓のある人でしたら、納骨式に該当するものであり、大自然に納骨するという意味では散骨式をして、亡き人に遺骨を散骨したことを了解してもらい、参列の方にも立ち合ってもらうのが一番丁寧な方法です。

亡き人に対して儀式を行うことにより、今散骨していますよ、と理解して頂くことが重要なことなのです。

やすらか庵の散骨

ありがとうの感謝の気持ちで送り出す散骨には、海の散骨と森の散骨があります。

海の散骨 森の散骨
海の散骨       森の散骨

ご希望の方には散骨する前に供養の読経をさせて頂きます

読経供養

手作りのメモリアル品は3点まで無料で差し上げます。

遺骨をお守り申し上げるのは、後継者の責務ではありますが、後継者無き場合には、亡き人の遺骨をメモリアル品に入れて、生きている限りお守りすれば、ご先祖様に対する責務は果たせます。

最後に自分の万一の時には棺桶に入れてもらいます。

メモリアル品

全て私達の手作り品でございます。

メモリアル品制作

私も自ら供養のためにと制作しています。

手を合わせる気持ちさえあれば立派な供養なのです。

海の委託散骨エンターは49,800円

森の委託散骨エンターは49,800円

海の立会い散骨エンターは99,800円

森の立会い散骨エンターは99,800円


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