海の散骨

海の散骨は仏教的に見て、何の問題もありません。

仏教の基本である「執着を捨てること」を思えば、

遺骨という形にこだわらない散骨は理想の形かと思われます。

また、釈迦生誕の地であるインドではヒンズー教の教えとしては、

亡き人を荼毘に付したその骨を聖なるガンジス河に流すことで

解脱したという信仰が根付いています。

我が国では葬儀のしきたりについては、仏教に土着の宗教や道教、

神道などが吸収されて残っていますので、

純粋な仏教的な解釈では決して成立しないのです。

先祖の供養が今生きている人たちの幸せにつながり、

いつかは自分達もまた生まれ変わってくることを思えば、

礼拝の対象としての遺骨やお墓が必要になりますが、

必ずしも骨や墓でなくても可能なことを思えば、

遺骨は無くても先祖供養は行えます。

遺骨というものは、ある意味、祭祀権ということで、

後継者が財産を受け継いだりする時に引き継ぐ大切な権利なので、

後継者がいる方にとっては、家やお墓、財産なとどを引き継ぐということは

とても大切なことになるのです。

後継者がいない者にとっては、

次に誰かに引き継がせるようなものは何もありませんので、

お墓も不要になってしまいますし、遺骨も、

自分が生きている間に何とかしないといけないということになります。

遺骨が無くても、ご先祖様に感謝する心を持ち続けることが最大の供養です。

出来ましたら、供養も形にして行った方が良いです。

何もかも片付けてあの世に行くのですから、

如くにご先祖様を片付けるには、儀式に則って相当に丁寧に行わないと、

悔やんでも悔やみきれない結果になってしまいます。

それともう一つ大切なこと、散骨を安くで請け負う業者に頼みますと

ほとんどの場合、「遺骨の処分業者」であり、

ご先祖様を産廃処分するのと同じことになってしまいます。

例えば故人の名前を呼びもせずに、バラまくのは散骨ではありません、

例えば普段は魚釣りしている船で散骨するのは不謹慎です、

葬儀社でも霊柩車で遊びに行くようなことはいたしません。

例をあげればきりがないほど質が低下しております。

このようなことでは結果として取り返しのつかないことにっなてしまいます。

私は皆様には頼まれておりませんが、宗教者として当然のことと思い、

毎日亡き人への供養は続けています。

亡き人の供養というものは、

この仕事に一生を捧げるようなつもりがない者がしてはいけないと思っております。

生命が還る、或いは借りたものをお返しする場としては、海は理想だと思います。

海は持っている大きな力で浄化してくださるのです。

そういう意味での海の散骨でございます。

船はやすらか庵が所有していますやすらか丸を使います、

船長は私、清野徹昭でございます。

亡き人をあの世までお連れする引導作法として行っております。

委託散骨(船に一緒に乗らない散骨)は49,800円でございます。

同伴散骨(船に一緒に乗る散骨-貸切-東京湾-5名様まで)は99,800円でございます。