清野 徹昭さんの記事一覧(110 / 117ページ目)

終戦の日

真言宗
終戦の日

今年は終戦から73年にもなるそうで、戦争を体験していて語ることが出来る人も90歳を超えるような人ばかりになり、そういう人達も毎年どんどん亡くなっているので、過去に戦争があったことなど、完全に昔話になりつつあります。 私は […]

迎え火、送り火とは

真言宗
迎え火と送り火

迎え火、送り火 迎え火、送り火とはお盆になって先祖の霊がこの世に帰って来るのを迎えたり送ったりする目印として焚く火のことです。 迎え火とは 迎え火とはお盆になって先祖の霊がこの世に帰って来ることを迎えるための行事で、お盆 […]

御札やお守りをお返しするには

お焚き上げ
御札やお守りのお焚き上げ

たとえこれまで運が悪かった人でも新しい年が始まれば、「今年こそは良い年でありますように」と願うものです。運、不運というものは、自分一人の力ではどうにもならないもので、困った時の神頼み、誰もが初詣に出かけて神頼みするのは今 […]

物を捨てるには勇気がいる

お焚き上げ
お焚き上げ品

何とまあ、私達は溢れんばかりの物に囲まれて生活していることでしょう、豊かさというものは、物がたくさんあれば感じるものであり、さらに欲というものは、もっと欲しい、もっと欲しいと心を揺り動かすのです。 都会暮らしの人が夏休み […]

最近の台風は

真言宗
最近の台風

ここしばらく、毎日暑かったことを思えば、今の涼しさは少々湿度が高くても実に快適で、久々にクーラーのお世話にならずに過ごせております。皆様方には夏バテはされていませんでしようか。 今まで夜でも25度を下回ることがなかったと […]

災い転じて福となす

毘沙門天信仰
福ダルマ

「災い転じて福となす」とは 「災い転じて福となす」とは自分の身に降りかかった災いを利用して幸福に変えることです。 災いについて 病気や怪我、事故や失敗など、災いと呼ばれるものは、私達の人生において好ましくないものであり、 […]

自然の力には叶わない

やすらか庵
自然の力

やすらか庵(安羅迦庵)には種を蒔いたりしないのに毎年必ずシソの葉が生えてきます。シソの葉はソーメン、冷や奴などの薬味に使えて大変に重宝いたします。勝手に出てきてくれるのですから、とても有難いのですが、増えすぎて使いきれま […]

夕焼けの続き

やすらか庵
夕焼けの飛行機

やすらか庵(安羅迦庵)は千葉市若葉区野呂町にありますが、ここはちょうど飛行機の成田ルートと羽田ルートの両方の便が飛行するコースで、結構頻繁に飛行機が通ります。 頭上を通ってもそんなにうるさいとは思わない程度の高度でありま […]

昨日の夕焼け

やすらか庵
夕焼け

毎日暑い日が続きますが、皆様におきましては、お体の調子は如何でしょうか。 サウナのような外から室内に入ってきますと、クーラーがついていますと本当に極楽浄土です。もう外に出たく無くなる訳ですが、私ももっと若い頃には、電気を […]

衆苦の源は貧苦にしかず

毘沙門天信仰
貧乏

毘沙門天王功徳経には「衆苦の源は貧苦にしかず」と書いてありますが、簡単に言えば「皆が苦しむ原因は貧乏である」ということです。仏が説いたお経なのに、貧乏はよろしくないなんて、ちょっと驚きますよね。もっと言いますと、貧乏する […]

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