貧者の一灯

「阿闍世王授決経」に出てくる阿闍世王(アジャータシャトル)は釈迦が生きていた時代のマガダ国の国王として有名で、王子時代に釈迦の反逆者で新教団を立ち上げようとしていたデーヴァダッタに唆されて、対立する両親を幽閉して餓死させた暴君ですが、更にデーヴァダッタは王子を唆して釈迦を暗殺して教団を乗っ取ろうとしたが失敗したそうです。

その後不治の病を釈迦に治してもらった阿闍世王は仏教に帰依して教団を外護し、釈迦入滅後は王舎城に舎利塔を建設し教団発展のために尽力したことなどが経典に残されています。

さて「阿闍世王授決経」ですが、その中には有名な貧者の一灯の話があります。

ラージャグリハ国の耆闍崛山(ぎじゃくっせん)という場所で阿闍世王は釈迦に飲食を施し、祇園精舎まで送ったその後で、祇婆(ジーヴァカ)大臣に、次は釈迦に何を施したら良いかを尋ねたところ、灯明が良いのではと提案されました。

そこで王は100石の麻油を祇園精舎に届けさせ、夜にはたくさんの灯明が灯されました、これが長者の万灯です。

王の善行を聞いて感激した村の貧しい女は、自分も何かしなければと乞食をして、僅かのお金を得て少しばかりの灯油を買い、釈迦の前で点灯し、どうか消えませんようにと願って帰路についたのです。

その夜は風が強く、王の施した灯明は朝までには消えてしまうか油が切れて燃え尽きてしまいましたが、貧しい女の一灯は朝まで消えることなく、そして油もまだ残っていたのです。

釈迦は弟子の目連に明るくなったので灯明を消すように命じましたが、いくら消そうとしても消えることなく火は大きくなるばかりで、ついには三千世界を明るく照らしたそうです。

釈迦は目連に「この女性はすでに過去生において180億の仏を供養し、経法にて人民を教え導いてきたのですが、布施だけは修行するいとまがなく、ゆえに今生では貧窮しているだけです。三十劫の未来に功徳が満ち成仏した折には、この女性は須弥燈光如来という名の仏になって、忉利天のように宝石の光明が相照らしていることでしょう」と説法しました。

これを聞いた貧しい女は歓喜のあまり虚空に百八十丈も跳びあがってから釈迦の足元に頭を付ける礼をして立ち去りました。

「長者の万灯より貧者の一灯」と言われて語り継がれる仏教の話ですが、長者の万灯が決して悪い訳では無くて、心の籠り方の問題であって、貧しい者が自分の生活を切り詰めて施しをするのに対してお金持ちはお金を出すことはしても、心が籠りにくいことの喩えではないかと思います。

私達の目に見える灯明というものは1つよりは2つの方が明るく、更に数が多ければ多い程明るくなりますが、悟りというものはそんなに簡単で常識的なものではなくて、たった一つの灯明でも世界中を明るくすることが出来るのですよ、そういう灯明(仏)になりなさいよと説かれているのです。