千羽鶴とは

千羽鶴

千羽鶴とは色とりどりの折り紙で折った折り鶴を千個連ねたもので、鶴は幸運と長寿の象徴であり、「鶴は千年、亀は万年」と言われ長生きは縁起の良いことであり、幸せを運ぶという意味で、願い事を運んで叶えてくれる縁起の良い鳥をたくさん折れば折るほど大きな力に成って願いが叶うということなのです。

千羽鶴の歴史

7世紀初頭に大陸から紙の製法が伝えられ、次第に普及していきやがて我が国では独自の製法である和紙が作られるうになり、経典や記録などの利用目的の他に神事でも使われるようになり、折って使うという使い方が普及していきました。

紙の普及と共にやがて江戸時代になると紙の折り方を楽しむ風潮が生まれ、折り紙として庶民にも普及するようになりました。

折り紙の歴史
「新撰人物 折形手本忠臣蔵」(吉徳これくしょん 蔵)

寛政9(1797)年には世界で最も古い折り紙の本「秘傅千羽鶴折形」が出版されていて、折り紙が我が国で独特の文化を築き上げたことの証であり、世界でも類を見ない文化を持っているのです。

千の数の意味

千羽鶴の千の意味は、たくさんということなのですが、実際に千羽鶴を折ってみますと、千羽折ることは中々大変なのですが、頑張れば叶う目標なので、当初の目標を千にしておいて、それが出来上がったら次の千を目標にするのです。

目標が達成したら次の目標があるということが大切で、結局終わりが無いのですが、終わりが無いということが日々の行であり、続けるということが目標達成のために必要なことなのです。

千羽鶴を折る時の心得

千羽鶴を折る時には部屋を掃除してテーブルを綺麗に片付け、外の光を取り入れるか電気を点けて部屋を明るくしてから紙などの必要な材料をテーブルの上に置き、合掌または一礼してから始めます。

般若心経をご存知の方でしたら唱えながら、または守り本尊様のご真言などを唱えながら、お経をご存知でない方は〇〇さんの病気が治りますようにと念じつつ、一つ一つ丁寧に心を込めて折ってみてください。

急いでたくさん作ることが良いことではなくて、ゆっくりでも心を込めて作ることが大切でございます。

何のために折るのか

千羽鶴は願いを叶えるために折るのであって、それは

  • 病気が必ず治りますように
  • 手術が成功しますように
  • 平和の象徴として、世の中が平和でありますように
  • 目標が達成しますように
  • 夢が叶いますように
  • 亡くなった方の供養のため
  • 災害からの復興のため
  • 受験合格のため
  • 水子の供養のため

などですが、鶴を折っている時に一つ一つに祈り、願いを込めることが大切なことで、その一つ一つの祈り願いの集大成が千羽鶴になるのですから、祈り願いに集中して作れば良いのですが、これもまた精神修養で、ほとんどが悩み苦しみながら、雑念が入りながら折ることになるのですが、それでも出来上がった千羽鶴は自分にしか出来ない世界にたった一つの千羽鶴になるのです。

広島の原爆症で死亡した佐々木禎子が自らの延命を祈って作ったことから、平和のシンボルにもなっていて、広島平和記念公園に奉納される千羽鶴は有名で、1年間に奉納される千羽鶴は10トンにもなっていて焼却処分させていましたが、環境問題への配慮から紙としてのリサイクルを進めているそうです。

また水子さんの供養のために千羽鶴を折って寺院に奉納することもあります。

全国高等学校野球選手権大会では出場校の一部が甲子園出場を願って千羽鶴を作って試合に臨んで、敗者の側が勝利者に千羽鶴を託すという習慣が長く続いていましたが、保管や処分の問題から廃止の方向に向かっています。

千羽鶴の保管は

千羽鶴を頂いたり、何かの祈願のために作ったのであれば、気持ちや思いが籠っているものだけに、飾っていることが多いものですが、そのまま飾っていますと埃を被ってしまい、どうしても汚れてしまいます。

上から透明のビニールでラップしたりしても良いでしょうし、記念に残したいようなとても大切な物であればガラスケースに入れても良いでしょう。

量が大量でなければガラス瓶に入れるという方法もありますし、額縁に入れて表装するという方法もあります。

千羽鶴の奉納は

千羽鶴は祈りや願いを込めて作られることから、出来上がった千羽鶴はいろんな場所に奉納されることになりますが、神社や寺院に奉納されることもあり、その場合には奉納料としてのお供えと共に奉納することになります。

願いが叶ったら

千羽鶴はほとんどの場合、お見舞いとして差し上げるか神社、寺院、施設などに奉納いたしますが、願いが叶った場合には寺院や神社に奉納したのであればお礼参りするのが礼儀です。

病気が治ったり手術が成功した場合には作ってくださった方にお礼を申し上げると共に、記念として取っておいても構いませんが、取っておくにしても1年をメドにして、寺院や神社に奉納させて頂くか、お焚き上げ供養するのが丁寧な方法です。

作ってくださった方には感謝の気持ちを伝えて何かしらのお礼をしたら良いと思います。

たとえ自分を犠牲にしてでも必ず良くなって欲しいと願って祈りながらの奉仕の行はとても尊いものであり、こういったことでの人と人との繋がりは簡単には切れないものでございます。

願いが叶わなかったら

いくらがんばっても、必死で祈っても願いが叶わないということはあるもので、結果としては努力が足りなかったからとか、誰が悪かったということもありません。

ただそうなってしまったというだけのことで、祈ったことや願った事は無駄ではなかったはずでございます、もし亡くなった方がおられたとしても、祈ってくれた、願ってくれた方の気持ちというものは、最高の贈り物でございます、どれだけ気持ち的に救われたことでしょう。

願いが叶わなかった千羽鶴は役に立たなかった訳ではありません、その気持ちは最後にはお焚き上げ供養で天にお届けして差し上げましたら、さぞや喜んでくださいます。