「2019年6月」の記事一覧

最後のお別れは必ずやってくる

供養
最後のお別れ

墓じまいの時にお墓から取り出したお遺骨を合葬墓に納骨する時に拝んでいる様子です、衣を着けて読経することもあれば作業着に着替えて作業することもあります。 これまでは個別のお墓に居られたお遺骨も、後継者が居ないために合葬墓に・・・

散骨供養とは

供養 散骨供養
海の散骨

散骨とは遺骨を粉状にして自然の中に散布することですが、現代社会に於いては遺骨を合法的に捨てるということにも利用されていますし、葬送の儀として厳粛に執り行うことも出来ます。 遺骨を捨てるような散骨は無縁仏を増やすだけであり・・・

父母の恩とは

供養 毘沙門天信仰
父母の恩

弘法大師空海の著書によく出てくる四恩とは父母の恩・衆生の御・国王の御・三宝の恩のことで、この中で最も私達に身近な存在は父母の恩です。 私達には必ず父母が居て、亡くなっていても心の中に存在している、それが父母なのです。 親・・・

老と病は共にやってくる

生かせいのち
病草紙-歯の病気

病草紙第2弾は「歯痛の男」です。この場面の右側には注釈があり、「男ありけり。もとより口の内の歯、皆揺ぎて、少しも、強(こわ)き物などは、噛み割るに及ばず。なまじゐに落ち抜くることはなくて、物食ふ時は、障りて耐えがたかりけ・・・

こんな時代でなくて良かった

生かせいのち
病草紙

平安時代の奇病を画いたという「病草紙」は、平安時代末期から鎌倉時代初期に、土佐派の画家によって書かれた絵巻物です。 大和国に住む眼病の男はある日訪れた眼医者と称する男に目の治療をさせるが、針が良いだろうと針治療をして帰っ・・・

ネコに罪は無し

高野山真言宗やすらか庵
ネコに罪は無し

高野山真言宗やすらか庵の近辺は畑ばかりで自然の宝庫であり、キジやフクロウなどが飛来し、ネズミやハクビシンなどが屋根裏に住みついていたりします。ネコもたくさん来るのですが、春になって子猫が生まれると、元気いっぱい走り回って・・・

弘法大師生誕

高野山真言宗やすらか庵
弘法大師生誕

明日6月15日は弘法大師生誕の日で、和歌山県の高野山では青葉まつりが行われます。高野山真言宗やすらか庵では弘法大師本尊様の近くに掛け軸を掛けてみました。この掛け軸は寄贈品でございます、一般的なものではございますが、お祭り・・・

亡き人の思い出の写真

お焚き上げ
亡き人の後片付け

亡き人の遺品の後片付けで捨ててよいかどうか悩むのは思い出の写真です。アルバムをめくって見てみれば、遥か昔の楽しい思い出が蘇ってくるもので、もうすっかり忘れていたようなことでも思い出させてくれるという意味では写真の力は大き・・・

怒りの心とは

毘沙門天信仰
怒りの心

私達の日常生活の中ではイラつく、ムカつく、頭にくる、なんていうことは日常茶飯事、怒りの感情は常にこみあげてくるものですが、これはほとんどの場合相手に対する感情の表現であり、相手の態度が気に入らない、思い通りにしてくれない・・・

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