知らぬが仏とは
知らぬが仏とは知れば腹が立ったり悩み、苦しむようなことであっても、知らないままでいれば心の平静を保っていることが出来るということ。
本人だけが知らないで平然としている様をあざけって言う場合もあります。
知らなければよかった
様々な情報が飛び交う現代に於いて、知らなければ良かったということは実にたくさんあります。
たとえば
などのことは知ることによって怒りが湧いてきますし、悔しい思いをするのですから、知らないままで居た方が良かったのかもしれません。
しかしお金のことで騙されたり、仕事の失敗を自分のせいにされて左遷されたりなどの不利益を被るようなことが起こりますと知らなければよかったでは済まされないのです。
事実を受け止めること
正しいか正しくないかは別として、事実を事実として冷静に受け止めることは大切な事で、人の世界は欲望の世界ですから裏切ったり裏切られたりは当たり前の事、自分の欲望を満たすために人を裏切っても必ず裏切られるようになるのが大宇宙の法則なのだから、自分自身が怒ったり相手を恨んだりするのではなくて、善悪の結果は天にお任せすれば心は平静でいることが出来ます。
そういった境地を卓越したその先に「知らぬが仏」の仏の世界があるのです。
仏の世界とは
仏の心は常に平静で、世間で何事が起ころうとも全く影響を受けることがありません。
衆生が欲にまみれて争う姿を見ても憐れむことはあれ、只ひたすらに衆生の平和と幸せを願い続けるのです。
仏は私達の世界の出来事を知らない訳ではありません。
知ってはいるけれど、仏としてあり続けているのです。
私達は仏の心に倣い、物事を正しく判断し、怒りを鎮め、人を恨まず、平静なる心を持てるように心掛けましょう。