散骨と法事
散骨をしたら遺骨が無くなって全ておしまいという考え方もありますが、供養と言うものは本来遺骨の有る無しに関係なく行われるものです。
お墓のある人
お墓のある人がお墓に納骨した場合、1周忌、3回忌と法事が続くものですが、これは亡き人の魂に対して追善と言ってこの世からの功徳をあの世に届けると共に、亡き人から守って頂いているという安心を得るために行っているのです。
法事をした時の塔婆はお墓に持って行って塔婆立てに立てて、法事を行った証とします。
都会の寺院では寺院の敷地の中にお墓があり、本堂での法事の後に墓参り、その後に食事というパターンが出来上がっています。
法事の時には位牌を持って行きますが、お墓参りに時にはお墓の中に遺骨がありますのでお参りするのです。
散骨した人
散骨した場合にはお墓がありませんので、寺院との付き合いも無ければお墓も持っていないのでお墓参りも出来ません。
散骨を選択する人は無宗教の人が多く、死んでしまったら何も残らないという考えの人が多いのも事実です。
故人が「自分が死んだら葬式もお墓も要らない」という遺言を残した人も意外と多く、大抵は故人の遺志通りに実行されることになります。
葬儀も無かったわけですから当然法事も無いということになります。
空虚感
しかしながら残された遺族にとっては葬儀も無し、法事も無しでは、人様から見たらお金を節約して使わなかったのではないかと思われても仕方ありません。
ましてや自分達としても故人を送る葬送の儀としては自分達は故人との密度の濃いお別れが出来たとしても、お付き合いのあった人や友人などからしてみたら、どうして呼んでくれなかったのかと思われるかもしれません。
果たしてこれで良かったのかな、それでも故人は満足して成仏出来たのだろうかという一抹の不安に襲われてしまうのです。
成仏と言う意味では引導作法としての儀式である葬儀が無かったことで本当に成仏出来たのかと思ってしまいます。
散骨しても法事は出来る
散骨した場合でもお遺骨(遺灰)は自然にお還しし、魂は天上にお還り頂くのですが、例えば位牌を作って故人様の魂の依り代とし、法事をすればお墓のある人と同様の供養が出来るのです。
法事はしなくても普通に生きていけます。しかし、私達は生きていく以上、幸せでありたいものです。目に見えない方々から守って頂ければ、これが幸せの形につながるものなのです。
やすらか庵では散骨の後の法事もお受けしております。どんなことでもお気軽にご相談くださいませ。