一念発起とは
一念発起とは今までの心を改めて悟りを得ようと発心することです。
心を改めること
私達はいつもの生活を同じように繰り返していることが安定していることであり、少しぐらい悪い事や間違っていることをしていても、毎日同じようにしていたらそれが当たり前になってしまいます。
たとえばこれ位ならいいだろうという小さな嘘であっても、毎日嘘をつき続けますと知らないうちに大きな間違いに繋がるかもしれませんし、人を傷付けてしまうことになるかもしれません。
間違いは気が付いた時に時に改めればいいものを、面倒だからという理由で中々変えようとしない、変わらないものなのです。
改心するきっかけ
改心するには何かの大きなきっかけが必要で
- 人に指摘された
- 失敗した
- 本を読んだ
- 映画を見た
- 堕ちる所まで堕ちてしまった
- セミナーに参加した
などのきっかけがあって、このままではダメになってしまうという切迫した気持ちが人を改心させるのです。
人の心の中には誰にでも魂を向上させようという心があるもので、本心が目覚めた時に次なる行動に移るのです。
発心(ほっしん)
発心とは悟りを得ようと決心することであり、仏門に入って修行することでもあります。
俗世間で生きていくためには人と人とが騙し合い、足の引っ張り合いで醜い世界だけど、果たして自分もその渦の中に巻き込まれて醜い争いをしていて心が荒廃してしまっていることに気付いた時にこのままではダメになると改心し、仏門に入って修行していくことによって、穏やかで安らかな心に変わっていくのです。
大切な事はこの世に居ながら安楽の世界を作り出していくことで、特に天界は私達の世界に近くて苦しみの無い世界、毘沙門天の居られる世界なので、毘沙門天に守ってもらい、智慧を授けてもらうことで私達の世界に居ながらでも安楽の世界の実現が可能になるのです。
まずは家庭の中がお互いに癒される環境にすることを家族神である毘沙門天は妃の吉祥天、子の善膩師童子と共に説いて居られるのです。