座布団、座蒲とは
座布団は我が国古来の和式建築に於ける畳や床の部屋で座る時に膝や臀部にあてがう小さな布団で、座蒲は座禅瞑想やヨガで使う丸型の座布団のこと。
畳の間
私達日本人は生活様式の洋風化に伴い、家の中の畳の間の割合が少なくなっています。
近年のマンションでは畳の間の和室が全く無く、トイレやお風呂、キッチン、寝室なども全て洋式で、部屋の中をスリッパで移動し、食事も椅子に座って食べるようになっています。
昭和の時代には座卓という低いテーブルに食事を並べて正座して皆で合掌し「いただきます」の合図で食べていた頃には座布団が大活躍していて、しつけが厳しい家庭では食事の間に足を崩すことが許されず、足が痛いのを我慢しながら食べていたものでした。
昔は年末になると天気の良い日に畳を外して庭に干したり、街の畳屋さんを呼んで畳の表替えや張替えをするのがどの家も恒例行事であり、畳を張替えした時にはイグサの良い香りが部屋に漂い、気持ちまでリフレッシュされたことを覚えています。
昔の畳は藁を束ねて下地を作り表にはイグサで編んだゴザを張っていましたので、畳を縫う糸にしても全てが自然由来の素材でしたから、ノミやダニなどの害虫の住処になり易く、年に一度は虫干しをしていたものでした。
今の時代は畳の間があってもウレタンの上に畳表が貼ってあるだけの合成畳が主流であり、畳表にしてもビニールで出来た合成品ということもあります。
座るということ
西洋人が椅子に座る文化であるのに対して私達日本人は元々畳の上に座るという文化でした。
寝るときは畳の上に布団を敷き、朝起きたら押し入れに仕舞います。
夏になると畳の上に寝そべるとひんやりして、とても気持ちが良いものです。
冬場に使うコタツにしても畳文化から生まれた素晴らしいアイデアです。
畳の上に座るということを通して座椅子や座布団、足が折り畳み出来るちゃぶ台などの我が国独特の家具が発展したのです。
戦前の物の無い時代には子供の勉強机はリンゴの木箱ということもあり、畳の上に座って勉強していたのです。
仏教と座ることの関係
仏教の座禅瞑想は椅子に座ってでも出来ますが、基本としては畳の上での結跏趺坐です。
インドのヨガ行者は岩の上にでもそのまま結跏趺坐で座り瞑想します。
寺院での瞑想修行では座布団は使っても使わなくても構いませんし、禅宗の座禅では座蒲を使うこともあります。
座ることは大宇宙との一体化、或いは無の境地を体験し深めていくことですから、体全体が大宇宙とのアンテナの役割を果たしますので、姿勢よく座って息を整え、大きなエネルギーが体の中心を通ることをイメージするためにも座ることが大切なのです。
仏像の仏達が蓮華座の上に座っているのは衆生済度を願いながら私達にエネルギーを送り続けている姿なのです。
椅子に座る習慣に慣れてしまいますと、床に座るということが苦痛になってしまいますが、人間というものは年齢を重ねてくれば足腰が弱ってきて座るということ自体が出来なくなってしまうのですから、無理をすることはありませんが、私達が洋風の便利な生活を手に入れたことの裏には、仏教的な生活から離れていくという事態が進行しているのです。
座布団が不要になったら
家庭で使う座布団は普通にゴミとして処分して構いませんが、法事用で使っている座布団はどうしたら良いのでしょうか。
座布団の処分
綺麗な座布団がセットになっていればリサイクルセンターやオークションなどで売ることも可能です。
使い古した座布団は可燃ごみまたは粗大ごみになりますので、各自治体の指示に従って出すようにしましょう。
座布団のお焚き上げ
法事の時に使っていた僧侶用の座布団になりますと、普通に捨てるには恐れ多いような気がするものです。
或いは仏壇の前で長年使用していた座布団には長い年月にわたる様々な思いや気持ちが染みついているようにも感じます。
普通に処分出来ないものでしたらお焚き上げ供養をご利用下さい。
毎日祈願の上でお焚き上げさせて頂きます。