屋外での完全個別お焚き上げ供養

完全個別屋外のお焚き上げ供養とは

完全個別屋外のお焚き上げ供養とは高野山真言宗やすらか庵のお焚き上げ供養会場に新設された小規模お焚き上げ供養場のことで、高野山真言宗やすらか庵のお焚き上げ供養品を持って来られた個人のお焚き上げ供養を受け付けています。

悩み苦しみからの解放が目的です

高野山真言宗やすらか庵の完全個別屋外のお焚き上げ供養の目的は、所有している物のせいで生きる気力が無くなったり、別れた人の物を何時まで経っても処分できない、家に伝わる物が恨みが籠っている、持っている物が因縁の強い物だと分かったなどでどうしてよいか分からない方の悩み苦しみを取り除く事が大きな目的でございます。

物ではあるけれど、物に魂や思いが籠れば良くも悪くもなり、例えば仏像は単に木の彫り物だ、人形だと言ってしまえばそれでおしまいですけれど、手を合わせる人が増えれば増える程、仏としての性格を持ち、人を救ったり、知恵を授けたりの有難い存在になります。

恨みの籠った物に関しては、物の中に籠った思いが残り続けて、そこにあるだけで不快な思いをしたり、精神や肉体に悪影響を及ぼしたりしますので、捨ててしまうという方法もありますが、物が無くなっても、中に籠っていた思い自体を消さなければ解決したとは言えません。

不動明王力

不動明王力

不動明王は迷いの心を焼き払い、邪悪を剣で切り、羂索で悪を捕え、正しい方向に向かわせる神であり、正しい方向に向かおうとする者を護り、力を与えて下さいます。

お焚き上げ供養が宗教であるのは不動明王を本尊に迎えて、皆様が正しい方向に向かうためにお焚き上げ供養をすることで、不動明王の加護を得て、悩み苦しみから解放されて心が軽くなり、生きる希望につなげて頂きたいからなのです。

生きる目的

私達は生まれた時には既に生きる目的を頂いており、それは達成すべき目標であり、本来は生きる目的なのですが、そのようなことを感じることがないままに、人生を過ごしてしまうのは実に勿体ないことなのです。

私達の人生の大半は悩み苦しむ時間に使われてしまい、何のために生まれて来たのかも分からずに人生を終わらせてしっまてはいけません。

今ある悩み苦しみからすぐにでも解放されて、生きる目的を探しましょう。

お焚き上げ供養はそういう目的のために使って頂きたいのです。

環境問題

今の時代は環境問題に真剣に取り組まないと異常気象や天災という形で私達を襲ってきます。

家庭用ゴミの焼却禁止はもちろんのこと、農業での野焼きにしても特例で認められてはいるものの、住民の苦情で出来なくなったり、小正月のどんど焼きも廃止する方向に向かっています。

高野山真言宗やすらか庵では環境対策済のお焚き上げ供養炉を供えると共に、悩み苦しみからの解放のための手段方法としてのお焚き上げ供養によって救われて、生きる目的を持つことが出来るのなら、とても重要な意味を持つのではないかと思います。

またこれからの時代に対応した更なる新しい方法も模索しています。

お焚き上げ供養料は3万円

完全個別屋外のお焚き上げ供養のお焚き上げ料は3万円です。通常のお焚き上げ料金に追加される料金のことです。

例えば80サイズのダンボール箱1箱のお焚き上げ供養料は5全円ですが、完全個別屋外のお焚き上げ供養を利用した場合には3万5千円になります。

高野山真言宗やすらか庵に予約の上でお焚き上げ供養品を持って来て下さい。

お焚き上げ供養の儀式、お焚き上げ供養、お祓いの一切を含みます。

新しい一歩を踏み出そう

お焚き上げ供養で悩み苦しみから解放されて心が軽くなれば、やっと新しい一歩を踏み出すことが出来ます。

今までなかなか出来なかったことも出来るようになります。

小欲知足

お焚き上げ供養で物を無くすことが出来たら、たくさんの物に囲まれて次々と新しい物を買うより、今ある物に満足するようにいたしましょう。

そして人の物まで欲しくなって奪い取るような恥ずべきことは止めて、少しの欲で満足するようにいたしましょう。

物は私達の前を通り過ぎる蜃気楼と同じで、いつまでも永遠にある訳ではありませんし、満足して満たされるようなことは永遠にありません。

新しい一歩はこういう所から始まるのであり、満足とはある意味悟りに近づくための方便なのです。