生きていることは苦である

新型コロナで外出自粛の連続で、あちこちから「あ~バカバカしい、パチンコでも行くか」「経済回さないと世の中ど~にもならねーんだよ、遊びに行って何が悪い!」などの声が聞こえ、世の中で不満が爆発していることが分かります。

私達の世界には旅行、スポーツ、ショッピング、グルメ、ファッションなど、お金さえあれば楽しみがたくさんあって、その楽しみのためにはお金を稼ぐ経済活動が必要です。

その肝心の経済活動と楽しみが止められているのですから、家に閉じこもってばかりいて、何も出来ないことが苦痛になってしまうのです。

釈迦はこの世を苦しみの世界であると見抜き、さらにインドの考え方では輪廻転生があり、何度生まれ変わっても苦しみが続くので、輪廻から抜け出すには、煩悩(楽しみ)を断ち切らねばならないと実感して何もかも捨てて修行の旅に出たのです。

釈迦がこの世を苦しみの世界と感じたのは、今自分が生きている時間だけでは無くて、遥か彼方の生まれ変わり死に変わりの中で、今ある目の前のささやかな幸せが、やがて崩れ去ってしまうことに気付いていたからです。

私達の世界でも大規模な自然災害が頻発し、これから大地震が起こるかもしれませんし、ミサイルが飛んでくるかもしれない、仮に新型コロナが収まった所でまた次なるウイルスの脅威に晒されるかもしれないのです。

そういう意味では私達の世界は苦なのですが、今から修行しても釈迦と同じにはなれません、しかし元来私達の世界が苦であることを知っていれば、少々のことで怒ることもなく、穏やかに過ごすことが出来るのです。

私達は活動自粛であっても外に出て銃で撃たれることはありませんし、お家で楽しくと多くの人が情報を提供していて、頑張っている人がいて共感できるから、まだ恵まれているのです。

不満が溜まる人は、今の目の前の状況に満足できないからであり、満足できない日々が続けば続くほど爆発しますが、仏教の基本は目の前の事を主観無しで素直にそのまま受け入れる事です。

ありのままの事実をそのまま受け入れるには、プライドや価値観を捨てることが求められますが、どうせ持っていても大して役に立たないプライドですから、捨ててみれば意外と楽になるものなのです。