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五感とは
五感とは人や動物が外界の情報を感知するための「眼、耳、鼻、舌、皮膚」による「視る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れる」の感覚です。
視覚
視覚とは眼で見た情報が脳に伝達されて色や形の情報となり、目の前にある物がどういう物であるのか、どのように動いているのかなどを判断する器官です。
視覚の情報の源は光のエネルギーであり、光が当たることによって発せられたエネルギーを網膜で検知するのですが、その検知能力は高画質写真を表示するモニターのようであり、小さな点の1つ1つに色を付けて表しているのですから、私達の視覚はそういった情報を刻々と脳に送って、脳はそれを瞬時に処理して私達にその情報を知らせてくれているのです。
私達が何かを見たというのは脳で処理された情報なのですから、情報処理の仕方によっては他の人とは違うものを見ることがあるかもしれません。
光のエネルギーは波長ですから外界から伝わった波長を目が捉えて脳に情報として伝達するという驚異的なことを瞬時にこなすメカニズムはスーパーコンピュータ並みの仕事をしてくれているのです。
光センサーは光の強弱や波長を検出して人間の眼の役目を果たすようになり、人工知能に組み合わされて自動車の自動運転や衝突防止の安全機能などで採用されていますが、まだまだ人間の眼には叶いません。
眼で見る情報は外界のリアルタイムの情報なので、私達は知らないうちに不要な情報を大量に脳に送っていますので、大切なものが分からなくなってしまいます。
そういう時には灯りを落とした静かな部屋で目をつぶるか半開きにして座禅瞑想し、外界の情報を遮断すれば心の中が見えてくるようになります。
聴覚
聴覚は耳で捉えた音の波長を脳に伝え、聞こえてきた音源が何処から出ているのか、どのような種類の音なのか、どれくらいの距離離れているのかなどを判断する器官です。
外界から耳に入ってきた音の波長の情報は脳に送られて瞬時に判断されるのです。
音も波長でエネルギーですから外界から伝わった波長を耳が捉えて脳に情報として伝達するという驚異的なことを瞬時にこなすメカニズムはスーパーコンピュータ並みの仕事をしてくれているのです。
音センサーは音の強弱や波長を検出して人間の耳の役目を果たすようになり、人工知能に組み合わされて自動車の自動運転や衝突防止の安全機能などで採用されていますが、まだまだ人間の耳には叶いません。
耳には体の平衡を保ち、傾きや加速度などを検知する三半規管があって、これもまた重要な役割を果たしています。
私達は日常の生活の中で常に不要な音の情報を脳に大量に送りつけていますので、そういう時には灯りを落とした静かな部屋で目をつぶるか半開きにして外界の情報を遮断して「静寂」というものを楽しんでみて下さい。
嗅覚
嗅覚は外界にある臭いの分子を検知して臭いの方角や距離、種類などを判断する器官です。
人間の鼻の中には様々な臭いを検知するセンサーが組み込まれていて、検知した情報を脳に送ることによって流れてきた臭いが何処から出ているのか、どのような種類の臭いなのか、どれ位の距離離れているのかなどを判断する器官です。
食べ物を食べる時の臭いの情報はとても大切なもので、おいしそうな臭いが流れてくることによって食欲をそそられるのです。
臭いセンサーは臭いを検知して換気したり消臭したりの分野に使わますし、飲酒を調べる呼気センサーなどにも使われています。
味覚
味覚は食べ物や飲み物として口の中に入ってきた物を舌を通して味の種類や温度などを判断する器官です。
人間の舌には様々な味や苦み、辛さ、甘さなどを検知するセンサーが組み込まれていて、検知した情報を脳に送ることによって飲み物や食べ物の味を判断する器官です。
食べ物が安全であるかどうかの判断は、少量を舌で舐めてみることによって判断することができますし、更には触覚、視覚、嗅覚、聴覚と合わせて判断すれば信頼性が高くなります。
近年は味覚センサーの性能も良くなり、多様な味覚を数値化することでプロの味の再現や品質の安定などの分野に使われています。
触覚
触覚は手で触れるだけでなく、体全体の皮膚に備わっていて、その中でも手の感覚は敏感であり、暗闇の中で目をつぶっていても手で触れるだけで、それが何であるのかという情報が脳に伝達されるのです。
般若心経の空と五感
般若心経ではこの世の全てのものが「空」であることから私達が世界を感じている五感の情報さえも空、つまり実態が無いと説かれるのです。
五感に関する般若心経原文
是諸法空相 [ぜしょほうくうそう]
不生不滅 [ふしょうふめつ]
不垢不浄 [ふくふじょう]
不増不減 [ふぞうふげん]
是故空中 無色 無受想行識 [ぜこくうちゅうむしきむじゅそうぎょうしき]
無眼耳鼻舌身意 [むげんにびぜっしんに]
無色声香味触法 [むしきしょうこうみそくほう]
無眼界 [むげんかい]
乃至無意識界 [ないしむいしきかい]
五感に関する般若心経訳
全てのことが空なのだから、生じることもなく、消滅することもなく、綺麗も汚いもない。
増えたり減ったりすることもない。
それ故空の中には人間の肉体や、感じること、思うこと、行うこと、認識することや、目や耳、鼻や舌などの体の感覚と心で思うこと、その対象としての色、声、香り、味、触れるなどもない。
私たちが目で見ている世界や認識世界もないのである。
五感は結局、脳の情報ですか?
私達が外界の物を捉えている五感と言うものは結局私達が脳の情報として捉えている物であって、脳の中で組み立てられている物を目の前にあると判断しているだけのことであって、私達が目の前にあると思っている物が実際にどういう物であるかは最終的に脳が決めていることなのです。
しかし何人もの人が居て同じ感覚を共有しているのですから、それが間違いの無い事実だと思っていて何の支障もなく暮らしているという事実がありますので、あまり深く考えなくても良さそうです。
私達が見ている世界を神仏の世界から見てみれば、私達が見えていない世界も見えているのですから、そういう意味では私達の見ている世界は絶対的なものではありません。
五感と欲望
私達が持っている五感と言う感覚はどれも、普通に生活していたら常に欲望を発信し続けています。
- 視覚…綺麗な物が見たい
- 聴覚…心地よい音を聞きたい
- 嗅覚…良い香りを嗅ぎたい
- 味覚…おいしい物を食べたい
- 触覚…心地良い接触を楽しみたい
満たしても満たしても湧き出てくる欲望です。
しかしこれらの欲望は人間として楽しく生きていくために必要な欲望であり、度が過ぎることなく、人を傷つけることなく、出来れば自分一人だけの満足ではなく、相手のため、家族のために使えば良いのです。
しかしながら時には般若心経の空を意識して、私達の魂が永遠の旅をしている中に於いての今の瞬間のこれらの欲望が、実は幻であるということにも気が付く必要があります。
そういった事に気が付けば、執着するようなことが無くなります。