宗教とお金

宗教とお金のイラスト

宗教団体というものは、大きくなればなるほど立派な建物が建っていくものですが、何処からお金が集まるのか不思議ですよね。

喜捨でお金儲け

釈迦はこの世で私達が生きていることは全て苦しみであるから、苦しみから逃れるためには欲望執着する世界から離れて戒律を守り、正しい修行をして悟りを得ることだと説きました。

悟りを得るとは解脱とも言い、私達が生まれ変わり死に変わりする六道の世界から離脱することで、人間世界からも脱出しなさいということで、人間社会に居る限りは苦しみ続けるのです。

釈迦の教団に入って弟子になる時には、お金や財産が有っても家族に与えるか教団に寄進するなどして無一物になり、更には自分の物という執着を断つために許された持ち物は三衣一鉢だけなのです。

寺社や僧侶などに対して喜んで金品を施すことを喜捨と言います。

自分の持ち物を全部教団に寄付するのですから、お金持ちの人や先祖代々築かれた財産がある人が出家すれば莫大なお金が教団に入ることになるのです。

財産や金品を布施する喜捨と言うことがこの世で幸せになるための功徳なので、信者は誰よりも多く徳を積むために一生懸命に金品を差し出すことに快感を覚えるのです。

教団として得たお金は困った人達や迷える衆生の救済のために使われるのならどのような金品でも役に立ったと言えます。

しかしこのシステムを最初からお金儲けに使おうと思えば、これ程楽して儲けることはありません。

次々と教団の立派な建物が建ち、教祖はどんどん裕福にそしてメタボになっていきます。

欲深い教団なら出家者や信者の家族や友人まで巻き込んで金品を奪い取ります。

霊の世界でお金儲け

あなたの背後に成仏できなかった人の霊が憑いています。

その霊はあなたに良くない影響を及ぼしています。

あなたが苦しんでいる病気、そして不幸の原因はその霊にあるのです。

その霊を払うためには一か月間毎日供養する必要があります。

特別な祈願で一日の供物が3万円必要で、供養料も含めて百万円必要です。

このようなインチキ霊能者に騙される人が後を絶ちません。

しかもこれで終わりではなくて、実はもう一体憑いています、と来るのが常道です。

霊の世界は見えないから、困っている人は真剣に悩みます。

しかし霊の世界は見えないが故に騙される世界でもあるのです。

神通力でお金儲け

悟りの段階が進めばいろんな神通力が現れるようになり、不思議なことが目の前で起こったなら、誰でも信じてしまいます。

仏教の教祖である釈迦もそうですが、宗教の祖師達もまた不思議な神通力を表して人々を救ったり真実の法を広めていったのです。

弘法大師空海もまた日本各地で井戸を掘り当て、温泉を湧き出させ、雨を降らせ、作物を実らせるなどの不思議な話を数多く残しているのです。

全国に伝わる弘法大師伝説

真の意味での救済者は神通力を自慢することなく、困窮の民衆のために使うものです。

こういった神通力は修行の結果として身に付いたものですが、世の中にはマジックや催眠術なとで不思議な現象を作り出すことが出来る人もいますし、相手の心を読むことに優れている人も居ますから、宗教者として振る舞えばそれに騙される人も居のです。

末期癌で余命宣告された人にとっては、もし助けてくれる人が居るのなら、いくらでもお金を出すし、何でも言うことを聞くものです。

こういう時に

  • 手を振れただけで治すことが出来る人
  • 念じただけでパワーを送る人
  • 護摩を焚いて奇跡を起こす人

が居ればいくらでもお金を出すことでしょう。

本当に治れば安いものです。

インチキ行者に騙されたらそういう縁しか無かったということです。

宗教にお金が必要な訳

寺院は堂々伽藍を運営し、僧侶が生活と修行しながら法務も布教もこなし、先祖の供養や皆の幸せを祈ることが仕事ですからそのお金を檀家や信者に出してもらっているのです。

更には寺院には人々に対して福祉や教育を提供する場であり、困った人を救済する場であり、悩みを聞いたり法を説いたりする場として機能するために金品が必要なのです。

寺院にとっての金品は、僧侶の生活が豊かになるためではなくて、御本尊の説く法を伝えることによって衆生の心が豊かになり、困った人の苦しみを取り除き、楽を与えるために使うものなのです。

檀家制度

檀家や信者は僧侶が祈願してくれていることで先祖や神仏の加護を得ることが出来るのですから、当然のこととしてお礼の気持ちを金品を出しているのです。

但し僧侶がやるべきことをやってさえいれば良いのですが、世の中には格好だけは僧侶でありながら仕事をしない、遊んでばかりのような僧侶が居るから寺院から離れたいと言う檀家が増えているのです。

法を説くことなくお金の事ばかり言う住職に対して、誰からの助言も聞く耳を持たないのなら、寺院から離れることを真剣に考えた方が良いと思います。

最近では後継者が居ないと言う理由で檀那寺に墓じまい散骨樹木葬などの相談に行ったけれど一方的に説教された、聞いてもらえなかった、地獄に堕ちると言われたなどでお困りの方の相談もたくさん受けています。

地方の両親を都会に呼び寄せて一緒に住んでいたが共に亡くなったので葬儀を済ませ、地方の寺院に納骨を頼みに行ったら、葬儀のやり直し、戒名の付け直しをしないと納骨出来ないと言われたなどのトラブルも多いのです。

お金の掛からない宗教は

お金のことを気にしなくても済む宗教は意外と身近な所にあるもので、寺院の参拝や巡礼があります。

特に石仏の巡礼などはお金が不要で歴史や人々の思いを感じたり、歩くことで健康にもなり、一心に祈ると言うことの大切さが分かってくるものです。

写経も良い修行で宗教として最適です。

光明真言などの真言を唱える事もお金が掛かりません。

私が信仰している毘沙門天信仰もお金が掛かりません。