光明真言とは

大日如来

光明真言は23の梵字からなる真言で、真言宗や天台宗で法事や法要の時によく唱えられていて、在家の方でも日常的によく唱えるとても役に立つお経(真言)です。

正式には不空大灌頂光真言と言い、密教経典である「不空羂索神変真言経(菩提流志訳)」や「不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言(不空訳)」に説かれています。

光明真言の意味

光明真言

宇宙を支配される大日如来様、私達の進む道を無量の光で遍く照らして下さいませ、という意味で、amogha(アボキャ)は不空成就如来を、vairocana(ベイロシャノウ)は大日如来を、mahā-mudra(マカボダラ)は阿閦如来を、maṇi(マニ)は宝生如来を、padma(ハンドマ)は阿弥陀如来を指すと解釈され、金剛界五仏(五智如来)に対して光明を放つように祈願している真言であるとも言われています。

光明真言の光明とは

私達が生きていくためには太陽の光が必要で、光は世界を明るく照らし出すて昼間の世界を作り出してくれると共に、生命が生きるためのエネルギーも供給してくれていて、しかも無償で誰に対しても平等であることはまさに如来の慈悲であり、愛でもあるのです。

太陽の光に当たる事無く暗い部屋の中で一日中過ごす生活を繰り返していますと、体の皮膚が青白くなり病気にかかり易くなって、性格が暗くなってきますが、これは陰と陽で言うならば陰気であって心身共に病気になり易く、何をやってもうまくいかない状態です。

陽気な人は昼間の明るさをとても良く好み、誰に対しても隠し事が無くて良く好かれ、笑顔が絶えることなく周囲に人が集まり、心身共に健康で、何をやってもうまくいく順風満帆の人生を歩むことが出来ます。

光明真言は元気が無い時に唱えれば大いなる力を授かり、悩み苦しみを明るい希望に変え、亡き人の供養にもなって、開運にもつながっていく、まさに魔法の真言であり、数ある真言の中でも最強の真言でもあります。

光明真言の効果とは

不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言(不空訳)」によりますと光明真言には次のような効果があるそうです。

過去の罪を滅してくれる

過去の一切十悪五逆四重諸罪や、一切の罪障を除滅してくれる効果があり、過去とは私達の生きている時に犯した罪を含めて過去世に至るまでという意味合いもあり、そういった過去に犯した罪を消滅させる功徳があるのです。

十悪とは

  • 殺生(せっしょう)-生き物を殺す
  • 偸盗(ちゅうとう)-与えられていない物を自分の物にする
  • 邪淫(じゃいん)-不倫などのふしだらな行い
  • 妄語(もうご)-嘘をつく
  • 綺語(きご)-でたらめなことを言う
  • 悪口(あっく)-悪口を言う
  • 両舌(りょうぜつ)-他人を仲違いさせるようなことを言う
  • 慳貪(けんどん)-むさぼる
  • 瞋恚(しんに)-怒る
  • 邪見(じゃけん)-因果の道理を無視する、間違った考え方

五逆とは

  • 殺父(せっぷ)-父を殺すこと
  • 殺母(せつも)-母を殺すこと
  • 殺阿羅漢(せつあらかん)-阿羅漢(聖者)を殺すこと
  • 破和合僧(はわごうそう)-教団の和合一致を破壊し、分裂させること
  • 出仏身血(しゅつぶっしんけつ)-仏の身体を傷つけて出血させること

四重罪とは

  • 捨正法(しゃしょうほう)-正法を捨てること
  • 離菩提(りぼだい)-菩提心を捨てること
  • 慳悋正法(けんりんしょうほう)-正法を伝えることを惜しむこと
  • 不利衆生行(ふりしゅじょうぎょう)-衆生を利益しないこと

死者の供養、救済

光明真言には十悪五逆四重諸罪によって、地獄・餓鬼・修羅に生まれ変わった死者に対し、光明を及ぼして諸罪を除き、西方極楽国土に往かせる効果があります。

たとえ十悪五逆四重諸罪によって、地獄・餓鬼・修羅に生まれ変わってしまっていても、光明真言には極楽浄土に往かせるだけの効果があると言うのです。

私達の生まれ変わり死に変わりする世界は六道と言って下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天界に分かれていいて、魂というものは過去の行いの善悪に応じてそれぞれの世界に生まれ変わると言われています。

私達の世界である人間界は天界の下にある世界ですが、その下には阿修羅界、動物界、餓鬼、地獄の世界があります。

私達の世界では善悪を見分ける心が与えられ、仏の教えを学ぶことが出来て、更には修行できるチャンスも与えられていて、仏法の実践にはとても恵まれた環境にあり、死後に少なくとも人間界以下に堕ちていかないように、そして出来れば人間界以上の世界に生まれ変われるようにしないと、永遠に苦しむことになるかもしれないのです。

極楽浄土は私達の生まれ変わり死に変わりの世界を脱出した世界であり、悟りを得た者のみ行くことが出来る世界であり、私達が簡単に行ける世界ではありませんが、光明真言には極楽浄土に往かせるだけの効果があるということは、それだけの秘めたる物凄い力があるということであるということは間違いありません。

光明真言が普段の勤行以外にも、法事やお葬式の時などによく唱えられるのは、亡き人の供養、救済にもとても役に立つ真言であるからです。

病気を治す

光明真言は先世の業の報いによる病人に対し、宿業と病障を除滅する効果があります。

私達の生まれ変わり死に変わりには、業の清算という意味合いがあって、たとえば地獄に堕ちるということは殺生などの罪の清算として地獄に堕ちるのであって、しかも地獄にも罪状に応じて様々な地獄があり、地獄での苦しみを受け続けることによって罪を清算しているのです。

私達の病気にはほとんどの場合、原因があってその結果としての病気であり、原因を取り除けば治っていくものです。

しかし私達の身の回りには原因不明の病気や、それが病気だと気付いていないような病気もたくさんあって、病院に行って薬を貰って治療しても治らない、却って悪くなるようなことも実際には数多くあるのです。

病気の原因を先祖のせいにしたり霊のせいにしたりすることは良い事ではありませんが、万一自分が過去世に成した罪の結果としての病気であるのなら、光明真言にはそれさえも取り除く効果があると言うのです。

光明真言には過去世から未来に至るまでの私達の魂に対して良い作用を働きかけてくれるのですから、真言というものは時空を超えて作用するものなのです。

言霊が宿る

私達の使っている言葉は自分の意思を相手に伝えるためのものですが、言葉の中には神様に捧げたり、手向けたりする神聖な言葉があって、言霊と言われます。

言葉に魂が宿れば、単に自分の意思を相手らに伝えるだけでなく、相手に気を伝えたり神仏からの力を頂いたりすることが可能になります。

その言霊で構成されているのが真言であって、陀羅尼(だらに)、マントラ、呪文などとも言われています。

光明真言を唱えよう

真言とは宇宙に偏在する神々の言葉であり、大宇宙が神格化された大日如来の大いなる力を得るための真言です、秘密の教えである真言密教の教えは師匠から弟子に伝えていくものであり、使い方を間違えますと危険ではありますが、真言を唱えることは誰にでも出来る行であり、信仰心を高めたり、仏法に親しむことはとても大切なことであります。

光明真言の唱え方

最も普及している方法が

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」

この真言を唱える方法です。

光明真言を唱える環境

なるべく静かで物が散らかっていない環境、もしくは畳1畳か2畳ほどのスペースで構いませんので、自分だけの修行スペースを作ってみましょう。

目の前には何も無くて壁でも構いませんし、大日如来の写真やポスターを飾ってもいいでしょうし、大日如来の仏像があるのならミニ祭壇を作ってみましょう。

座布団1枚にあぐら、もしくは結跏趺坐、正座でも構いませんし、そういった座り方が困難でしたら椅子に座っても構いませんし、横になっていても構いません。

光明真言を唱える回数

光明真言を唱える回数は1回だけでも構いませんし、可能であれば7回、21回、108回、時間があれば千回でも構いません。

回数を数えるのなら数珠を使って数えますが、大切なことは数を数えることではなくて唱えることに集中することであり、数珠を見ながら数えるのではなくて、数珠を見ずに手と指の感覚のみで数えるのです。

唱え方は棒読みで構いませんので、繰り返し唱えていれば自然とリズムになって流れ出します。

元々宇宙に流れている旋律なので、僧侶が集団で唱えていたりしますと音楽のように心地よく聞こえるのは当然です。

可能であれば毎日続けること、そして数を増やすことです、大宇宙に流れているリズムとあなたが唱える光明真言のリズムの波長が合った時に、そのリズムは大きな力に成ってあなたの魂は光を放ち、大いなる宇宙と一体化するのです。

虚空蔵求聞持法は無限の記憶力を得る、別名天才になるための修行法と言われ、虚空蔵菩薩のご真言「ノウボ アキャシャ キャラバヤ ヲン アリ キャマリ ボリ ソワカ」を1日1万回唱えることを百日続ける修行で、百万遍の行とも言われますが、唱えるということにおいて最大の目標は百万遍なのです。

光明真言も1日千回唱えれば1年で36万5千回となり、3年続ければ百万回を超えることになりますし、1日百回でも30年続ければ百万回を超えることになりますので、百万遍も唱えれば何かしらの大きな力になっているはずでございます。

光明真言の唱え方

密教の行には必ず観想と言いまして仏を心の中で思う修行が付き物です。

瞑想が心の中の雑念を取り払って無の状態にすることに対して観想は仏や特定の事象を思い描くことであり、身口意の行は三密行と言って、体(手)で印を結び口で真言を唱え、心で仏を思うことであります。

印は「智拳印」(ちけんいん)と言って大日如来の智慧を表す印を組みます。

印の結び方は左手を握りしめて人差し指だけを立て、その人差し指を右手で覆うように握り、この時右手の人差し指と親指で左手の人差し指の頭を押さえます。

智拳印

もしくは膝の上で両手を軽く合わせる「法界定印」の方が負担が少なくて楽に出来るかもしれません。

法界定印

そして口では「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」を唱えます。

光明真言を唱える

心では自らの身体の中心から光が放たれていることをイメージします。

光明真言サンスクリット版

古代サンスクリット語が神々の話す言葉であり、宇宙に偏在しているリズムであるのなら、そのまま唱えるのが正しいという事が言えます。

古代インドの言語であるサンスクリット語で伝えられたマントラ(真言)は中国を経由して弘法大師空海によって日本にもたらされましたが、その当時の経典はサンスクリット語を漢字に書き替えられたものをそのまま日本に持ち帰ったのですから真言は当初の頃と比べると発音や読み方にかなりの違いがあります。

サンスクリット語での光明真言は

oṃ amogha vairocana  mahā-mudrā maṇi padma  jvāla pravartaya hūṃ

オーム アモーグァ ヴィーロチャナー マハームッドッラー マニ パッドゥマ ジュバラ プラバルッタヤ フーム

これが究極の光明真言ですが、事の本質というものは皆が普通に唱えている光明真言が間違いで、正しく発音さえすれば驚異的な霊力を発揮するかと言う問題ではありませんし、ましてや唱えさえすれば光明真言が何かしてくれるかと言えば、そういう問題でもありません。

自らの光明真言に対する姿勢と真剣さ、そして地道な努力がいつか実を結ぶようなことなのです。

それを信じて実践するのが宗教であって日々の修行なのです。