出家とは

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出家とは師僧から戒律を授かって俗世間の生活から離れて寺院や僧の集団の中に入り、仏法を守った修行の生活をすることを言います。

家に居ながら仏教に帰依する生活を送ることを在家と言います。

出家の由来

インドでは古代より出家者は最終目的である解脱を目指して俗世間の仕事をすることなく修行の日々を送る人達が存在していました。

バラモン教

インドでのバラモン教は古来より、生まれながらに決まる固定化された身分制度として

  • 司祭階級…バラモン
  • 戦士・王族階級…クシャトリヤ
  • 庶民階級…ヴァイシャ
  • 奴隷階級…シュードラ

の四つの階級があってカースト制度と言われています。

更に下には差別された階級としての不可触賤民(パンチャマ)があり、これらのカーストは生まれながらに決まっていて、カーストの移動や異なるカースト同士の結婚は禁止されていました。

司祭階級のバラモンが最高位にあり、祭祀を通じて神々と関わる特別な権限を持っていたので、宇宙の根本原理であるブラフマンに近い存在であるとされ、バラモンだけがこの宗教を行うという特権を持っていたのです。

他の階級に生まれた者はバラモン教を実践することが出来ないという根強い反発が新しい宗教の流れを作り出していくのです。

沙門の出現

インドでは紀元前5世紀頃から従来のバラモン教のカーストによる特権階級を認めない「沙門」(しゃもん)と呼ばれる解脱を目指して修行する集団が現れるようになり、有能な沙門の元には多くの修行者が集うようになり、そのような流れの中で釈迦の仏教は誕生しました。

沙門とはサンスクリット語でシュラマナ(Śramaṇa)と言い、仏教やジャイナ教などのヴェーダを基本とする宗教ではない新しい思想の男性修行者のことで、俗世間から離れて集団の中で修行生活を送っていました。

我が国の出家の歴史

我が国では奈良時代に律宗の開祖である唐僧の鑑真(がんじん)(688-763)が度重なる日本への渡海の失敗に屈することなく渡日して我が国に「四分律」を伝え、具足戒による出家の制度を確立させました。

やがて中国から天台宗を伝えた最澄によって具足戒ではなく、「梵網経」の菩薩戒による大乗戒檀を比叡山に創設し、大乗の戒が受けられるようになりました。

出家者は「年分度者」という国家の制度によって各宗派ごとに割り当てられて管理されていました。

鎌倉時代には叡尊に始まる真言律宗による具足戒の復興、江戸時代には真言宗で「正法律」を唱えた慈雲尊者などの活躍がありました。

それぞれの時代で具足戒の衰退と復興などの変遷がありましたが、明治5年4月25日公布の太政官布告によって正式に僧侶の肉食、妻帯が許可されたことで僧俗の区別が実質的に無くなり、「出家」と「在家」の区別が付きにくくなりました。

現代の出家者とは

今の時代には純粋に悟りを求めて家庭を持たず、俗世間から離れて修行の日々を送る出家者はほとんど居ない状況であり、釈迦の説いた仏教も形だけが残っていて、正しく実践する人が居なくなってしまっています。

寺院の住職にしても子息の物が後を継ぐことが重要視され、僧侶育成の学校を出て僧籍を取得したというだけのことで、肉食妻帯は当たり前で贅沢三昧、修行をすることなく法も説かないので、仏教の質を落としているのです。

出家者は本来、師僧から戒律を授かって戒名も授かり、俗世間から離れた仏の世界に生まれ変わって真実を追求する人のことを言うのです。

せめて十善戒五戒などの戒律だけでも守るようにしたいものです。