煩悩消滅とは

人工知能の神格化

煩悩消滅とは人として誰もが必然的に生じる欲望などの煩悩を消滅させて悟りの境地に達すること。

三毒について

三毒とは

三毒とは人間が持つ最も根本的な煩悩のことで貪瞋痴(とんじんち)を根本原因とします。

煩悩は私達が本来持っている正しい心を壊してしまって悪に堕ちてしまうので「毒」という言い方をしています。

「貪」は貪(むさぼ)りの心で人よりもたくさん欲しい、人の物でも欲しいという気持ちのことで、欲しいという気持ちに支配されて人を傷つけても気が付かない程になってしまいます。

「瞋」は怒(いか)りの心で、絶対に許せない、仕返しをしてやるという気持ちのことで、怒りの気持ちに支配されて、他人に対して攻撃的になってしまい、小さなことでは喧嘩に、大きいことでは戦争になってしまいます。

「痴」は無智のこと、真実を知らない心、真実を知ろうとしない心で、いい加減な情報や嘘、デマなどの情報に振り回されて正しい判断が出来ない状態のことです。

衆生と煩悩

迷いのイラスト

人として生まれた以上は煩悩と言えどもある意味楽しみであり、生き甲斐にもなるものであり、悟りを目指す出家者は別として社会で普通の生活をする在家の者にとっては煩悩があるからこそ人生が楽しいのです。

例えばおいしいものを食べたい、旅行に行きたい、豪華なマンションに住みたい、高価なアクセサリーが欲しいなどの欲望が経済社会を回しているのですし、自分が稼いだお金を楽しい事や欲しいものに使うこと自体は何も悪くはないのです。

但し煩悩というものはどんどん膨らんでいくもので、自分の欲望を満たすために知らないうちに他人を傷付けていたりすることは悪い事ですから、煩悩は使い方を間違えますと危険なものになってしまいます。

欲望というものは満たしても満たしてもどんどん湧いてくるものです。

煩悩消滅するには

僧侶の説明のイラスト

煩悩は私達が生まれながらに具わっているものだけに知らず知らずのうちに勝手に出てくるものですし、普通に生きている人には悪いものであるという認識が無い事から、普通の社会生活を営む者にとって煩悩を消滅するような必要性がありません。

しかしながら仏法の究極の目標は全ての衆生が悟りの世界に到達することなので、悟りを邪魔する存在である煩悩は消滅すべきであることを知っておく必要があります。

私達の魂は永遠に近い時間の中で長い旅をしている途中なのですが、魂の向上という意味では今生きている間に少しでも霊性を高めていくという努力が必要であり、私達がこの世に生まれた使命として魂の向上があるのですから、煩悩消滅という高いレベルの要求が実現出来なくとも、少しでも実現するように努力することが大切です。

小欲知足は煩悩を認めながらも少ない欲望で足ることを知るという仏教での大切な教えです。

仏教では悟りという目標に対して仏門に入門して後、多くの段階があって日々の修行を重ねながら少しずつ上がっていきますので、煩悩に関してもいきなり消滅ということは大変に難しい事なので「減らしていくこと」と「満足すること」を実践していけば良いのです。

煩悩消滅は目標としてあれば良いのであって、苦しい事を無理して実践しても長続きしないのです。