ヘルメット、リュック、靴のお焚き上げ

事故で亡くなったような方の遺品としてのヘルメット、リュック、靴などは見るだけでも痛々しいと言いますか、ご本人様が苦しかっただろうなとか、どうしてこんなことになったのだろう、などと考えてしまいます。

特別な思い

単なる物には違いありませんが、物であっても人が身に付けていたり、特別な瞬間を通り抜けて来た物には、不思議な力が宿ったり、特別な思いが籠ったりするものです。

最後の瞬間まで身に着けていた物だと思えば捨てることも出来ませんし、正直なところあまり見たくないものなのですが、もしかしたら物であっても何かを知らせてくれるかもしれないなどと考えたら、どうしたら良いものかと迷ってしまいます。

本人亡き後に残されて最後の瞬間を知っている物には、何故かしら本人を思い出させる幻影が染み付いてますので、早く忘れてしまいたいと思っている方には重荷になってしまいます。

大切な事は供養

残された物を見つめながら泣いているよりは、位牌を作って一生懸命に拝んで供養して差し上げた方が、亡き人にとっては安らぎ、癒しとなるのですから、もし苦しいようなことがあったとしたら苦しみを取り除き、悔しい思いが残っているとしたら慈悲の心で供養を届けて差し上げることが、今一番大切なことなのです。

安らかな気持ちでいて下さい、安心してお過ごしください、という気持ちをこちらの世界から届けることが供養です。

泣いてばかりいても亡き人を悲しませるばかりであり、お互いに悲しむことで低い世界に堕ちていきますので、亡き人に対しては仏の心で接して差し上げれば、少しでも高い世界に行くことが出来るのです。

持っているべきか悩む

このような物に関しましては、どうしたら良いか決めかねているのなら、高野山真言宗やすらか庵に一度ご相談ください。持って来て頂いてからの相談でも構いません。どうしても必要な物であればお祓いをすることも可能ですし、お焚き上げ供養をして故人様に届けて差し上げることも可能でございます。

供養としてのお焚き上げ、お祓い

或いはお焚き上げ供養にて綺麗に消し去るということも可能なのですから、いずれにしても供養と言うことだけを考えて、私達は身体の栄養だけで生きているのではなくて、心の栄養が必要なのですから、供養は自分にとっても、そして亡き人にとっても心の栄養になるのです。

お焚き上げも供養、お祓いも供養、そして毎日手を合わせてお祈りして差し上げることも供養なのです。


お焚き上げの質疑応答エンター