卒業証書、卒業アルバムとは

卒業証書と卒業アルバム

卒業証書とは学校の全過程を終了した者に対して校長から与えられる証書のことで、卒業アルバムは在学中の行事毎に撮影した写真や集合写真をまとめて卒業時に配布する記念アルバムのこと。

卒業証書は使うことがありますか

高校や大学を卒業して企業に入社するような場合には卒業証書は使うようなことはありませんし、入社後も使うような必要性はありませんので、ほとんどの方が押し入れやタンス、机の引き出しなどに仕舞ったままにしているものです。

しかし転職や再就職の場合には最終学歴を証明するものとして学校の出した「卒業証明書」が必要になることがあり、卒業証明書は学校の窓口で発行してくれるもので、発行に当たっては本人を証明する書類が必要になりますが、卒業式の時に渡された卒業証書とは違います。

卒業証書は学校を卒業したという記念的な証明書であり、企業などに提出する卒業証明書の方が公的な効力があるのです。

卒業証書はどうしてる?

一昔前の家でしたら居間の壁に沿って高い場所に先祖の写真や受賞、表彰状、卒業証書などを並べて掲げていたものですが、最近ではそのようなことをする家は少なくなってしまいました。

卒業後に使うことの無い証書ですし、大抵は筒に入った状態で渡されますので、筒に入ったままで保管しているけれど、物が物だけに捨てることも出来ないというのが卒業証書なのです。

卒業アルバムはどうしてる?

卒業アルバムは頂いた時には見て楽しんでも、一旦仕舞ったら中々見る機会の無い物になってしまいます。

記念品だと思えばまたいつか見るような機会があるかもしれないなと思うだけで月日が経って行き、入社や結婚鹿後の引っ越しの時には実家に置いたまま、或いは引っ越し先に持って行ったにしてもまた押し入れに仕舞ったままという運命にあります。

捨てきれない記念品

持っているからと言って特別に役に立つものではなくて、記念品的な物であるけれど捨てるほどの物ではなくて、いつまで取っておこうというあてもなく仕舞っているのが卒業証書と卒業アルバムです。

特に卒業証書は捨ててしまったら困ることがあるかもしれないと思うだけで役に立つことの無い証書です。

こういった物は過去の自分を捨ててしまうようで自分では捨てることが出来ませんし、家族であっても勝手に捨ててしまうことはためらわれます。

仏教と証書

仏教では俗世間でしか通用しない資格や技能などは仏の世界では何の役にも立たないと説かれます。

仏の世界では僧侶の僧階ですら意味の無い資格であり、どれだけ真実を悟ったかということだけが役に立つことなのです。

もちろん仏の世界にも菩薩よりも如来が上というように段階がありますが、菩薩を卒業して如来になったかどうかは、誰かが決めることではなくて、ましてや卒業式がある訳でもなくて、修行の結果としてそうなっただけのことなのです。

ですから俗世間で通用している一流大学の卒業証書があったからと言って、仏の世界で優遇されるわけではありませんし、証書などは単なる紙切れであり、何の価値も無いのです。

死後の世界に持っていけない

私達はこの世に生まれた以上、必ず死というものが訪れますが、死後の世界があるとしたら、私達の住む世界で得た資格や技能などは一切持って行くことが出来ないという決まりがあります。

この世で立派な勲章をもらった人でも、その勲章の力はあの世の世界では通用しませんので、死後の世界に何も持っていけないことに気が付いた人はまだ生きている内にそういった物は片付けてしまい、死後の世界に持っていける功徳を積もうとするのです。

死後の世界に持っていけない物にこだわり続けるよりも、死後の世界に持っていけるものを積み立てた方が遥かに役に立つのです。

卒業証書、卒業アルバムの処分

ごみとして捨てる

卒業証書や卒業アルバムはどうしても捨てきれなかったら、自分が居なくなった時に何のためらいもなく捨てられてしまいますので、それをお任せするという方法が無難です。

しかしなるべく残された人に迷惑を掛けたくないと思ったら自分で処分すれば良いでしょう。

処分の方法としてはゴミとして捨てることが出来るのならそれで構いません。

燃えるゴミとして捨てても何の問題もありませんが、但し個人情報になりますので、個人情報に当たる部分は破るなりシュレッダーにかけるなりの気配りが必要です。

卒業証書、卒業アルバムのお焚き上げ

高野山真言宗やすらか庵のお焚き上げ供養

どうしても自分では処分できない、或いは故人の遺品整理をしているのだが、捨ててしまうのは忍びないという時にはお焚き上げ供養を利用すれば天にお送りすることが出来ますので亡き人も喜んで下さると思います。

お焚き上げは形ある物を焚き上げることによって思いや気持ち、思い出などを天にお送りする儀式です。

この世で作り上げた実績や思い出はその人が亡くなったら形だけは残りますが、いずれ消えてしまうもので、忘れ去られる運命にありますので、供養と言う形にして届けて差し上げれば良いのです。