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「虚空尽き 涅槃尽き 衆生尽きなば 我が願いも尽きなむ」
弘法大師空海は高野山を開山しましたが、堂々伽藍が完成したことのお祝いに四恩(父母・衆生・国王・三宝)に感謝する万燈万華会を行いました。その時の願文に「虚空尽き 涅槃尽き 衆生尽きなば 我が願いも尽きなむ」の文章が書かれています。
万燈万華会とは
天長9(832)年8月22日に高野山で行われた万燈万華会が最初とされ、高野山は都から離れて不便な環境の中での難工事であった金剛峯寺の建立が遅れたことや、伽藍の造立が進まなかった中での万燈万華会は、伽藍の建立に仏の加護が必要であったことから始められた行事なのです。
現在でも行われている万燈万華会は、たくさんの灯明と華を仏に供えて供養し、人々の願いを叶えるように祈る法要のことです。
「虚空尽き 涅槃尽き 衆生尽きなば 我が願いも尽きなむ」の意味
「宇宙が尽きるまで、悟りを求めるものが尽きるまで、生きとし生ける者が全て輪廻転生から解脱するまで私の願いは尽きることが無い」、という願いは今でも高野山奥の院にて弘法大師が座禅瞑想を続けることによって祈り続けられているのです。
弘法大師の謎…弘法大師空海は今でも奥の院御廟にて座禅を続けている
一人でも多くの人を救いたい、という願いは純粋で、そして真剣であればあるほど多くの人の心を動かすものです、その心を感じた時に何と有難い、という素直な感情に包まれるのです。
私達も救って欲しいのはもちろんですが、私達もまた人を救わないと弘法大師の願いは尽きないのです。
真言宗の教え
真言宗の教えは釈迦如来の教えではなくて宇宙そのものを仏とする大日如来の教えで、大日如来の元には多くの如来が居て、釈迦も宇宙の真理を説く如来なのです。
その心理を体得された弘法大師だからこそ民の救済の願いは永遠に続いているのです。
弘法大師の願い
私達は高野山奥の院にて弘法大師が座禅瞑想を続けているということを常に意識して、生きとし生ける者全てが悟りを得ることを願い、祈り続けて下さっているのですから、その時空を超えた魂の叫びを感じ取って、共に歩むようにいたしましょう。
私達一人一人のために祈ってくれている方が居るでしょうか、とても有難いことで御座います。
高野山に行けばその事の意味が分かるはずです、奥の院の雰囲気が別世界なのです。
弘法大師の尽きぬ願いと、護り続けられた伝統の灯が灯り続けているのです。
祈りを感じること
高野山の奥の院は弘法大師空海の御廟であると共に世界中から人々が訪れて手を合わせる祈りの場所でもあります。
私達が祈る場所でもありますが、弘法大師が私達に対して祈って下さっている場所だと思えばこれほど有難い場所は他にありません。
自らの生命を賭けて民の救済のために命を捧げた弘法大師の祈りが最も身近に感じられる場所が奥の院であり、その祈りは世界中に届けられているのです。
弘法大師は大日如来の使命を感じ取って真実の世界をこの世に実現しようとしたのです。
私達はその意思と祈りを感じ取り、自らの使命として動き出す必要があるのです。
私達一人一人が成すべきこと
弘法大師空海は自らの使命を充分に感じ取ってその実現のために尽力されましたが、実は私達一つ一つにも同じ使命が果たされているにも関わらず、その使命を感じ取ることが出来ないままにいるだけなのです。
弘法大師は全ての者が救われなければいけないということを説いているのですが、これは仏道における基本であり、生きとし生ける者達の魂全てが悟りに向かっていくことが究極の目的なのです。
救われなければいけない対象は私達一人一人であり、私達が救われなければ弘法大師の願いが尽きることが無いのですから、まずは私達がその使命を自覚することが大切です。