動物の剥製
この写真は剥製とは関係ありません

動物の剥製とは

動物の剥製は動物を観賞用或いは研究用として、死亡した動物の表皮を剥がして防腐処理をほどこし、除去した内容物の構造の代替として損充材を詰め、標本生存時の外観形態にほぼ近い状態で保存する技術のことで、特に絶滅した種の標本として博物館などで展示されています。

日本オオカミなどは絶滅しましたが、その実際の姿は今では剥製でしか見ることが出来ません。

狩猟民族の名残

私達の祖先を農耕民族と狩猟民族とに分けますと、農耕民族は米や農作物を作り、狩猟民族は海、山、川などで獲物を捕るのですが、山での狩猟民族は「またぎ」もしくは「猟師」とも言われてクマやシカなどの大型の動物から猪、ウサギなどのあらゆる動物を捕獲して食料としたり、毛皮や角の加工品を制作したりしてきた歴史があります。

特に大型のクマやシカなどは命がけの狩猟となることが多く、頭部の剥製を残して家宝にしているような習慣があります。

また特に珍しいような動物や羽の美しい鳥は剥製として高値で取引される傾向があります。

富の象徴として

大型の動物の剥製はある意味力の象徴として、征服した証としての価値があり、昭和の時代ぐらいまでは大きくて立派な家の応接間には必ずと言っていいほど大型の動物の頭部の剥製や珍しい動物や鳥の剥製が飾ってあったものですが、今の時代は乱獲による個体数の激減で輸出入が禁止になった動物が増えたことや、動物愛護の観点から、動物の剥製を飾るような家は少なくなりました。

また毛皮や角などの目的のために命を奪うという行為が野蛮な行為とみなされるという考え方も多いのです。

動物に対する感情の変化

今の時代は少子化、高齢化の波を受けて家族の構成人数が減ったことから室内でペットを飼う人が増え、家族の一員としての役割を果たしています。

今やペットは飼うものではなくて、家族の一員であることから、強制的に命を奪った動物の剥製や毛皮に対しての嫌悪感を抱く人が多く、見る人によっては可哀そうなことだと感じる方が結構おられるのです。

意外と多い動物関連品

私達の身の回りには動物に関した品物が意外と多いものです

毛皮、羽毛製品

剥製、コート、手袋、マフラー、アクセサリー、布団、ダウンジャケット、ダウンベストなど

皮製品

ソファー、椅子、ハンドバック、財布、ポーチ、三味線、太鼓、靴、キーホルダー、アクセサリーなど

角製品

印鑑、彫刻品、装飾品など

その他製品

べっ甲、櫛、かんざしなど

これらの製品を得るために製品用の動物を飼育しているにしても、動物の強制的な死や虐待の犠牲の上にあるとすれば考え方が変わる人がいるかもしれません。

何とかしたいと思ったら

動物の剥製が家に昔からある、引っ越しするのでこの際に処分したい、毛皮のコートや手袋、マフラーなどに罪悪感を感じるようになった、友人から土産物として頂いたけれど怖くて使えないなどで何とかしたいと思ったら高野山真言宗やすらか庵のお焚き上げ供養をご利用下さいませ。

動物供養としてのお焚き上げ

命を慈しむことは大切な事で御座います、他の命を奪うことなく、全ての命を大切にすることでありますが、私達は生きていく上で食事にしても肉を頂いたということが動物の命を奪うことに間接的に関わっていることに気付かずに過ごしています。

しかしながら仏道の修行を始めましたら、或いは精神が何かに目覚めましたら、命という事にとても敏感になるもので、私達はとても罪深い存在であることに気付かされます。

とても有難いことに、供養というものは、亡き人や動物などに手向けることが出来るのですから、ありがとうの気持ちを込めてお焚き上げ供養をすれば供養されるのです。

供養は痛みを和らげると共に楽な気持ちにさせてくれます。