結願とは
結願は仏教用語で「けちがん」と読み、予め日数を決めて行う法会や修法、願掛けなどの予定日数が終了、または修行が終わることで、満願(まんがん)とも言います。
祈願と修行の次第
祈願と修行には
- 開白(かいびゃく)…法会や修法を始めるに際し、本尊に祈願の趣旨を述べること
- 中願(ちゅうがん)または中白…祈願や修行の実践の期間のこと
- 結願(けちがん)…祈願や修行が終了すること
があって、結願は一番最後に終了したことを意味します。
結願成就とは
四国八十八箇所霊場などの巡礼に於いて、全ての札所を参拝し終わることを結願または満願と言い、全てを廻り終えて成し遂げたという意味で結願成就、満願成就と言います。
昔から霊場巡りは歩いて廻ることが基本であり、霊場の範囲が大きくなればなる程全てを廻ることは苦難の修行であるが故に全てを廻り終えた時の喜びは大きく、巡礼の途中で人様の温かさに触れたり、自然の美しさに驚嘆したりの思い出深い旅は心の浄化にもなり、何故かしら人に対して優しくなるもので御座います。
深い悩みを抱えての巡礼でも苦難の連続を味わうのですが、不思議と最後には明るい希望が見えてくるのです。
こういった経験をしたらもう病みつきになってしまい、また次の巡礼の準備をしているのです。
四国八十八箇所霊場の結願
四国八十八箇所霊場の88番札所である大窪寺(おおくぼじ)では長い道中を共にした杖と傘を奉納し、有料ではありますが結願証明書を頂けば良き記念になります。
そして最後に高野山の奥の院に参拝して「同行二人」として長い旅をずっと一緒に歩いて下さったお大師様に巡礼の結願を報告し、朱印帳の最後のページに奥の院の朱印を頂いて旅を終えるのです。
お亡くなりになった方が残した結願証明書や杖傘、巡礼用品などはやすらか庵のお焚き上げ供養を利用すれば天に届けて差し上げることが出来ます。
四国八十八箇所霊場や西国三十三観音霊場などの霊場巡りは一回巡礼して終わりではなくて、何十回も巡礼している人が多く居て、巡礼する度に新しい発見があるのは、巡礼がまさに修行であることの証なのです。
「終わり」というものは全て終わってしまうのではなくて、常に「始まり」でもあるのです。
結願は修行の終わりではありません、次なる高いステージへの修行の始まりなのです。