托鉢とは

托鉢のイラスト

釈迦の在世当時から出家者は衣と鉢以外を所有することなく、生活に必要な食料などは家々を回って布施として受け取る托鉢によって賄われていましたが、現代でも一部の僧により駅前の托鉢などで継承され、社会活動の目的で行うこともあります。

托鉢の由来

釈迦の説いた仏教は多くの出家者と在家の信者を生み出して、出家者は修行をして法を説き、在家者は出家者を支えるという役割が自然と出来上がりました。

やがて出家者の集団の規律を維持していくために戒律が出来て罰則も設けられ、最も重い罪を犯せば即刻僧団追放とっなたのです。

出家者は経済活動を行うことなく仏道の修行のみに専念していましたので、その生活を支えるために托鉢に出かけて家々を回り、布施された食料などを平等に分けていたのです。

在家の信者にとっても出家者が家々を回って「布施」という功徳を積む機会を作ってくれたことに感謝し、そして三つの宝物である仏法僧を敬うことで在家としての役割を果たせるのです。

弘法大師と托鉢

山野を修行する弘法大師空海のイラスト

弘法大師空海に関する伝説は全国各地にたくさん残っていて、特に若い時代に大学を飛び出してからの正確な足跡は不明ですが、この時に山岳修行の日々を過ごし、室戸岬の崖の上に座禅を組み、虚空蔵菩薩真言を100万遍唱えるという虚空蔵求聞持法を修行していた時に金星が真魚の口の中に飛び込んできた話は有名です。

弘法大師は修行僧として各地を遍歴した時代がありましたが、時には水や食料を物乞いし、一夜の宿を求めるということもあったようです。

各地での伝承では汚い身なりをした僧が食べ物を乞うたので差し出したら錫杖で地面を突き、枯れた井戸から水が出るようになったなどの話がたくさんあり、その全てが弘法大師ではないにしろ、遊行僧が修行の途中で物乞いすることは一般的なことであり、伝承の中には食べ物を施さなかったから作物が獲れなくなった、硬くなってしまったなどの話も多いことから、僧に施すことの大切さを説く伝承でもあるのです。

乞食と托鉢

江戸時代になって檀家制度が出来ると全国の寺院は檀家を管理することで収入が得られるために托鉢の機会が少なくなり、明治時代になって洋風文化の浸透と共に、乞食をする者を排除するべく明治4年11月には托鉢禁止令が出され、明治14年8月には托鉢のみは宗教上の修行であるとして禁止令から除外されたが、托鉢許可証の持っていることなどの条件が付けられたのです。

私の幼少時代でも橋の下などで暮らす物乞いの人は、相当数居たと記憶しています。

街頭に立って「平和」などと書いた募金箱を置いてアコーデオンを弾く傷痍軍人の乞食もまだ居ました。

例えばインドでは現在でもカースト制度の影響で、物乞いは立派な職業であり、物乞いをしている人は手や足が無かったりするのですが、物乞いをさせるために親が幼少期の子供の手足を切ることが実際にあると聞きました。

物乞いは生活するために物品を乞うことで、托鉢は僧侶が仏教の信者に対して功徳を積む機会を作るためと生活するために行うことで、托鉢は仏教の思想に基づいています。

托鉢の特徴

托鉢は僧侶が仏教の信者に対して功徳を積む機会を作るために行うことですから、信者さんは僧侶がそのような功徳を積む機会を作ってくれた僧侶に感謝しますので、来てくれた僧侶に対して礼を言い、感謝するのです。

僧侶としては信者さんに鉢の中に物品を入れてもらっても「有難う」なんて絶対に言いません。

現代の托鉢

現代の托鉢は禅宗の僧侶が京都の辻や駅前などで修行の一環として良く行っています。

年末になって寒行として、或いはチャリティーとして行う托鉢もあります。

明治時代に托鉢禁止令が出た時にも僧侶の真似をして鉢を持って立っている乞食が多く居たからであり、仏教を利用して金儲けしようと考える人は今も昔も居るものです。

しかし資格を持っているから僧侶であるかと言えば堕落した僧侶も多いのです。

托鉢の意義

托鉢には深い意義があり、行いとして良いことと悪いことがあるのです。

届け出は必要

警察署と派出所に行って何時何処で托鉢をしますので道路を使用させて下さい、という道路使用許可の申請はしておいた方がよろしいと思います。

その際には本山からの托鉢許可証か僧侶としての許可証などがあれば良いと思います。

また頭陀袋と菅笠には所属の寺院名を入れておきます。

托鉢のお金で生活しようなんて考えるべからず

我が国の職業の中では僧侶だけが堂々と乞食をすることが認められていて、僧侶以外の人が駅前でゴザを引き、空き缶を置いて乞食すれば警察に連れていかれます。

托鉢のお金で生活しようと思った段階で僧侶失格です。

托鉢で今日は多かった、少なかった、なんてことを言っていたら罰が当たります。

托鉢のお金そのまま持って買い物に行くのは乞食と同じで仏教ではありません。

托鉢のお金は御本尊様に全部差し上げるか悩み苦しむ人の救済に使うものです。