化粧地蔵

高野山奥の院の参道には大小20万基以上に及ぶ供養塔がありますが、お地蔵様もあちこちにお祀りされています。

このお地蔵様は「お化粧地蔵」と言われているそうで、口紅や頬紅が塗られています。

赤いよだれかけを掛けられたり帽子を被せられたり、アクセサリーを付けられたりしてとにかく目立つこのお地蔵様には参道を歩く人が必ず足を止めて、写真撮影しています。

私も、この異様な姿のお地蔵様には足を止めざるを得ませんでした。

「このお地蔵様にお化粧をすると美人になる」という言い伝えがあるそうで、お地蔵様も、美人になりたいという人の願いまで叶えてあげるのは、さぞ大変なことだと思います。

通りすがりの人々にベタベタと化粧されて、滑稽なことになっているのに、平然としていて、しかし良く見ると、とても愛嬌があるのです。

お金持ちになりたいとか、美人になりたいという願望は、仏教では煩悩として捨て去らなければならない欲望ですが、密教では、とりあえず叶えてあげることで、より高いレベルの真の幸せに気付くよう、導いているのです。

美人になったから幸せになれるかと言ったら案外、そうでもないのが世の中の道理なのです。

美人になって初めて気が付くこともあるし、美人になれないからこそ気が付くこともあるのです。

低いレベルの幸せがあるからこそ、高いレベルの幸せがあると思えば、この世の中、無駄なものは一つも無いのです。

それぞれが役割を持って機能している、曼陀羅の思想なのです。