十大弟子とは

釈迦の十大弟子

十大弟子とは仏教の開祖である釈迦の弟子になった者の中でも主要な十人の弟子のこと。

舎利弗

舎利弗(しゃりほつ)はサンスクリット語でシャーリプトラ(Śāriputra)と言い、漢訳では舎利子(しゃりし)とも言われ、釈迦の弟子の中では最も信頼された弟子であり、神通第一の目連(モッガラーナ)と併せて二大弟子とも言われています。

舎利弗の特徴は…智慧第一。

弟子の中でも特に智慧に優れて経典の中でも「舎利子」として登場します。

般若心経では観自在菩薩との説法の相手として登場しています。

摩訶目犍連

摩訶目犍連(まかもっけんれん)はサンスクリット語でマハーマウドガリヤーヤナ((Mahāmaudgalyāyana)と言い、目連(もくれん)と呼ばれています。

摩訶目犍連の特徴は…神通第一。

神通力は修行のレベルが高くなり、特定のレベルまで到達した時に現れる超能力のことで、修行の段階に応じて様々な能力が現れるようになります。

摩訶目犍連は舎利弗と共に懐疑論者サンジャヤ・ベーラッティプッタの弟子であったが、共に改宗して釈迦の弟子となりました。

西域の僧竺法護が翻訳したとされる「盂蘭盆経」には、目連が餓鬼道に落ちた母を救うために供養を行ったとされ、その供養が「盂蘭盆会」(うらぼんえ)、我が国でのお盆の起源と言われています。

摩訶迦葉

摩訶迦葉(まかかしょう)はサンスクリット語でマハーカーシャパ(Mahākāśyapa)と言い、大迦葉とも呼ばれます。

摩訶迦葉の特徴は…頭陀(ずだ) 第一。

頭陀とは衣食住に関する貪りを払い除く行のことで、どんなに教団が大きくなろうとも摩訶迦葉は生涯この姿勢を貫いたそうです。

釈迦の入滅後に残った教団を統率して、第1結集では500 人の仲間とともに釈迦の教法を編集する座長を務めました。

禅宗では付法蔵 (教えの奥義を直伝すること) の第2祖とされます。

須菩提

須菩提(しゅぼだい)はサンスクリット語でスブーティ(Subhūti)と言います。

須菩提の特徴は…解空第一(げくう・だいいち)。

「空」の理解に優れた才能を発揮し、金剛般若経などの空を説く大乗経典にしばしば登場します。

富楼那弥多羅尼子

富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)はサンスクリット語でプールナ・マイトラーヤニープトラ(Pūrṇa Maitrāyanīputra)と言い、「富楼那」とも呼ばれます。

富楼那弥多羅尼子の特徴は…説法第一。

他の弟子より説法が優れていた富楼那弥多羅尼子は晩年、遠く西方の地へ布教の旅に出て各地で多くの信者を導きました。

摩訶迦旃延

摩訶迦旃延(まかかせんねん)はサンスクリット語でマハーカートゥヤーヤナ(Mahākātyāyana)と言います。

摩訶迦旃延の特徴は…論議第一。

難解な法を分かりやすく説き、辺地では5人の師しかいなくても授戒する許可を釈迦から得ました。

阿那律

阿那律(あなりつ)はサンスクリット語でアニルッダ(Aniruddha)と言います。

阿那律の特徴は…天眼第一。

釈迦の従弟にあたり阿難と共に出家しました。

釈迦の前で居眠りして叱責を受けた後、絶対に眠らぬ誓いを立てて苦行を行い、釈迦の説得にも関わらず視力を失いましたが、その代わりに真理を見る眼を得ました。

優波離

優波離(うぱり)はサンスクリット語でウパーリ(Upāli)と言います。

優波離の特徴は…持律第一。

六人の貴族が出家のために釈迦を訪ねる時の付き人の理髪師でしたが、貴族よりも先に到着してしまい先に出家することとなり、出家した順序にしたがって、貴族出身の比丘の兄弟子とされました。

羅睺羅

羅睺羅(らごら)サンスクリット語でラーフラ(Rāhula)と言い、羅雲とも呼ばれます。

羅睺羅の特徴は…密行第一。

釈迦の長男で、釈迦の帰郷に際し出家して最初の沙弥(少年僧) になりました。

寺院の子弟のことを仏教用語で羅子(らご)と言うのは仏弟子の羅睺羅から来ています。

阿難陀

阿難陀(あなんだ)はサンスクリット語でアーナンダ(Ānanda)と言い、阿難とも呼ばれます。

阿難陀の特徴は…多聞第一。
釈迦の従弟にあたり出家してからは、釈迦が入滅までの25年間ずっと釈迦の付き人をしました。

第一結集の時には阿難陀の記憶に基づいて経が編纂された。

120歳まで生きたという伝承があり、無量寿経等に仏の説法相手「阿難」として登場します。