お盆

お盆は我が国では仏教行事になっていて、中国で成立したという「盂蘭盆経」には釈迦の十大弟子の一人である目連が、餓鬼道に堕ちてしまった亡母を救うために供養を行ない、母に供養の施物を届けたと言われています。

お盆になると寺院では僧侶が棚経と言って、檀家の精霊棚を拝んで廻ったり、施餓鬼供養をしたりするものです。

仏教的には自分のした行いの因果は自分が受けますので、他人が結果を左右することは出来ないはずなのですが、私達日本人が古来から受け継がれてきた宗教観、世界観には人情というものが存在して、親を思う心が、あの世の親をも救うということを容易に受け入れて来た訳です。

我が国での仏教は純粋な仏教ではなく、儒教や道教の影響が濃く反映されていて、親を思い、子を思い、家族を思うということがとても大切にされてきたのです。

お盆は家族の延長線上にある先祖を思い、感謝するという、人として極当たり前の感情を表現し、形にしているのです。ナスの牛、キュウリの馬などは仏教の世界ではありませんが、余計なことを考えなくてもお盆の心というものが、まだ私達の心に残っていて欲しいと願います。