片付けとは

お片付け

片付けとは塵を払い、埃を落とし、散らかった物を元に戻したり、不要な物を捨てたりして綺麗に、そして快適にすること。

片付けなさい!

子供の頃におもちゃで遊んだ後にそのままにして「片付けなさい!」と親に叱られた思い出が誰しも必ずあるものです。

ある意味子供は我儘なもので「自分が遊ぶことしか考えられない」ので、自分が遊びさえすればそれで満足して散らかし放題、片付ける事なんかどうでもよいことなのです。

子供がおもちゃを片付けないもう一つは「面倒なことはしたくない」です。

遊ぶときは楽しいけれど片付けることは面倒だからしたくないのは誰だって同じことです。

一つのおもちゃで飽きてしまったら、ポイと置いたままにして次のおもちゃで遊びだし、そのおもちゃにも飽きたら次のおもちゃで遊びだすことを繰り返すので、気が付いたらそこら中おもちゃだらけになっていて、最終的に遊び疲れてしまったらもう、面倒な片付けをしないのです。

親が子に対して「片付けなさい!」と叱るのは古今東西、何時の時代でも、何処の国でも同じことなのです。

経済活動と片付け

私達は大人になっても散らかしては片付けるの繰り返しで、要するに物を動かしては戻すということを一生繰り返しているのですが、ある意味経済活動というものは物を動かしては捨てるという活動ではないかと思えるのです。

最近ではインターネット通販がとても便利で、自宅に居ながら世界中の物を買うことが出来て、宅配業者が自宅まで届けてくれるのですから、お金さえあれば世界中の物が自宅に届いて、然るべき場所に収まるのです。

そうやって家の中に集められた品物も、毎日散らかしては片付けるを繰り返し、そのうちに飽きてしまったり古くなって壊れたりした物は捨てられるという運命にあるのが経済活動です。

物を作って消費し、まだ使える物でも惜しげなく捨てるのが経済活動であり、どんどん作って消費してを繰り返せばお金が回るという仕組みに慣れてしまったら、物を大切にするということを忘れてしまうのです。

親の片付け

田舎家のイラスト

故郷の両親が亡くなった場合に、昔なら長男が家業を継いで家に住み続けることになるのですが、今の時代は子供達は皆都会のマンション暮らしで故郷の家に住む者は誰も居ないということになりがちです。

誰も住む者が居ない家屋敷は不動産として売ってしまえばお金になりますが、実際は家が古すぎて価値が無い、過疎地なので買い手が無いなどの理由で処分することが難しく、何も出来ずに放置されている空き家が多いのです。

いずれにせよ両親が生活していた物品がそのまま残る家の中は一度思い切って片付ける必要があり、自分達が小さい頃には親が子の片付けをしていたのに、最後には子が親の片付けをすることになるなんて、人生のはかなさを感じてしまいます。

親の葬儀というものは親の人生を綺麗に終わらせてあげることであり、親の体も含めて残した物を綺麗に片付けて差し上げることでもあります。

片付けとお焚き上げ

2021年12月27日お焚き上げ

片付けというものは何でも捨てれば良いというものではなくて、綺麗にして再利用したりリサイクルに出したりなどの様々な方法がありますが、思い出の詰まった写真や日記帳アルバムなどは捨ててしまって構わないのですが、大切な思い出を捨てることが忍びない時にはお焚き上げ供養を利用すれば、天に思い出を届けて差し上げることが出来ます。

我が国では道具は百年も使え魂を持つようになり、付喪神(つくもがみ)と言って神としても振る舞うと言われてきました。

山川草木悉皆成仏と言って私達の周囲にあるあらゆるものが皆仏になるというアニミズムの考えが根付いていたのです。

お世話になった物に対しては感謝の気持ちを込めて送り出す、或いは天界に送るということは今の時代の大量消費の文明の中にあって、是非とも見直したいもので御座います。

片付けは修行

仏教に於いては特に禅宗では掃除や片付けを心を磨くための大切な修行として捉え、使った物は使う前以上に綺麗にして戻すのです。

使った物の戻し方

「使った物を使った時以上に綺麗にして戻すこと」、これは仏道の修行の基本であり、この方法を実践することにより、いつも綺麗で快適に使うことが出来ます。

寺院の堂内には多くの仏具や道具などがありますが、全てが御本尊様のためにあるものとされ、自分の物ではなくて、道具などは貸して頂くのであって、自分自身もそこに居させて頂いていると考えるのです。

寺院では私が買った物だから自分の好きなように使えばよいというのは慢心であり、本来の出家者は自分の持ち物を持ってはいけないとされていたのです。

ですから寺院では常に整理整頓は当たり前で、参拝する人に対しても気持ちよく参拝して頂く環境を整えることが功徳となるので、境内の掃除をしたり皆が使う物をいつも綺麗にしておくことは大切なことです。

「使った物を使った時以上に綺麗にして戻すこと」と言う方法は家庭の中で実践すれば、家の中は何時も快適になります。

自分が快適なことはもちろんのことですが、誰かが訪ねて来た時にでも快適なはずです。

親の片付けも修行です

両親が亡くなって家の片付けをする時に、遺産相続の問題で喧嘩別れや裁判沙汰で、兄弟が憎み合ったり、親族内で絶縁したりと悲惨な結果になってしまうことがあります。

特に財産を多く残した場合によくあることで、自分が欲しい、もっと欲しい、人にはあげたくない、という欲望に振り回されるのです。

働かずして得られるお金は魔物で、特に大金を手に入れたら遊んで暮らせるという誘惑に負けてしまうのは人情ですが、そういう甘い考えで手に入れたお金で幸せになれる人は居ません。

親の片付けは奉仕の修行利他行の実践にもなります。

親の供養のため、そして自分の功徳にもなりますので、無償の気持ちで清々しく実行してください。