もっと欲しい

もっと欲しい

欲しいものが手に入って満足したのも束の間、その満足は長続きすることなく「もっと欲しい」と思うのが欲望の正体です。

餓鬼の世界

独り占め

私達の世界は地獄餓鬼動物阿修羅人間天界六道と言われる世界の中の一つで、地獄の世界が最も精神的レベルの低い世界として餓鬼、動物の順に精神的レベルが高くなっていき、天界が精神的レベルの最も高い世界になります。

精神的レベルとは心の安定と相手を思いやる気持ちの事で、最も低い地獄は苦しみに満ちた世界ですから住人達は心の安定が全く無く、苦しみから自分だけが逃れることばかり考えていて、他の苦しむ人を助けようという思いやりの気持ちが全く無い世界です。

餓鬼の世界は地獄の世界のような責苦は無いものの常に飢えた状態で食べ物ばかり探し続け、人がこぼしたり落としたりした食べ物に多くの餓鬼が群がって奪い合い、力づくで獲得した餓鬼がそれを食べようとすると食べ物が火炎になって食べることが出来ないということを延々と繰り返します。

人にものを施さない、独り占めする、貪るような人が堕ちるのが餓鬼の世界だと言われ、私達の世界では眼に見えない世界として人間世界に隣接しているので、食べ物を食べる時にガチャガチャと音を立てて食べたり、食べ物を食べる時によくこぼす人の周囲には餓鬼が群がると昔から言われています。

餓鬼道の住人はは満足するということが無いために争いが多く、安らぐということが出来ません。

物質的に豊かになった今の私達の世界では、食べる物が無くて飢えるようなことは少なくなりましたが、物に溢れた生活をしながらもまだ欲しい、もっと欲しいと決して満足することの無い、或いは困っている人に施すことの無い人がたくさん居るのが現実で、豊かな生活をしていても心の中は餓鬼そのものです。

豊かさの基本

供養

豊かさと言うと私達は普通、物質的或いは金銭的に不自由の無い恵まれた状態を想像します。

大きくて立派な家に住み、高級車を乗り回し、旅行や外食を頻繁に楽しみ、不自由の無い生活をしている人はある意味皆から羨ましがられる存在ですし、優越感というものを感じているでしょう。

豊かな生活をするには誰しもそれなりの苦労があった訳ですから、苦労の見返りとして得られた豊かさは本来は自分への褒美として自分だけで満喫し、誰にも分け与える必要など無いのです。

しかし豊かさというものは本来不安定なものであり長続きする保証がありません。

ある日突然病気や事故、人に騙されるなどして失ってしまうこともあれば、価値観が変わってしまえば今までの豊かさが何の価値も無くなってしまうのです。

ある意味蜃気楼のような物であり、豊かな生活を楽しんでいた楽園が突然消え去って、何も無い砂漠の中に一人取り残されてしまうのです。

豊かさを失うことを恐れるあまり、人は次々と新しい豊かさを追い求め続ける気持ちが「もっと欲しい」の正体なのです。

昭和の時代の事ですが、戦後の我が国では敗戦によって家や家族を失い、或いは食べる物が満足に得られない貧困の極致の生活を強いられてきた人達が少しでも豊かな生活を夢見て必死の思いで働いた結果として今の日本の豊かさがありますが、当時の人達は豊かさを求めるというよりは生きていくために、家族を養うために働いたというのが正解かもしれません。

家族揃って温かいご飯を食べることが最高の豊かさだったのですが、戦後80年の時を経て国全体が豊かになり、苦しい時代の事を忘れてしまった今となっては豊かさというものがエスカレートしていくばかりです。

人であれ国であれもっと欲しいがエスカレートすれば人の物まで欲しくなり、やがてそれは争いとなって戦争にまで繋がるのは過去の歴史が証明しています。

特に少ないものの奪い合いは多くの人を巻き込んでしまいます。

餓鬼というものは豊かなところの周囲に集まるもので、知らないうちに私達の心まで餓鬼の心に支配されてしまいます。

欲張らないこと

満足のイラスト

「まだ欲しい、もっと欲しい」という気持ちはどんどんエスカレートして終いには他人が大切にしている物を盗ったり、余る程持っていても困った人に施さないようになってしまいます。

今の時代でこそ仏教的小欲知足」が必要とされていて、少しだけの欲で充分に満足することが真の意味での幸せであることに気が付かなければいけません。

亡くなった方の遺品整理をしていますと私達は意外とたくさんのどうでも良い物に囲まれて生活していることに気が付きます。

今の時代「終活」で不要な物を捨て去り、最小限のモノで質素な生活をすることにより、心の豊かさが芽生えてくることを感じる人が増えています。

写真アルバムなどの自分の大切な思い出を捨て去ることに抵抗がある場合にはお焚き上げ供養を上手に利用すれば思い出を天に昇華することが出来ます。

「もう要らない」「充分満足」を実践するだけで真の意味での豊かな生活となり、心が豊かになれば性格が穏やかになって怒ることが無くなり、人に対して優しくなります。

天の世界では相手の幸せを願う住人ばかりで、相手の幸せが自分の幸せですから、争い事が無く思いやりの気持ちで溢れている世界です。

天の世界は私達の眼には見えないながらも私達の世界の上にあって人間世界と繋がっています。

餓鬼の世界も私達の眼には見えないながらも私達の世界の下にあって人間世界と繋がっています。

私達の心の持ち方次第で天の世界、餓鬼の世界どちらの世界に繋がることも可能です。

自分の心がどちらの世界に繋がろうとしているのかを立ち止まってよく観察してみることが大切です。