怨憎会苦とは

怨憎会苦のイラスト

怨憎会苦とは会いたくない人と会わなければいけない苦しみのこと。

会いたくない人

皆さんの周りにどうも苦手だと感じる人や「会いたくない人」っていませんか?

あの上司に会いたくないから会社に行きたくないとか、自分の事をいじめる奴がクラスに居るから学校に行きたくないなどで、どうしても会いたくない人が何処にでも必ず居るものです。

会いたくない人としては

  • 上から目線の人
  • 言葉遣いが乱暴な人
  • 暴力を振るう人
  • プライドの高い人
  • いじめをする人
  • 差別する人
  • 自分だけが正しいと思っている人
  • 喧嘩などのトラブルのあった人
  • 性格の合わない人

などの人のことで、他にも理由はいくらでもあってとにかく、会いたくない人には心が拒絶してしまうのですから仕方ないのです。

会いたくない人と会う苦しみ

怨憎会苦とは会いたくない人と会うという苦しみのことですが、会いたくない人が近くに居るというだけで精神的なストレスになるもので、こういったストレスが溜まっていくと心身にまで変調を起こしてしまい、食事が喉を通らない、胃がムカつく、呼吸が苦しいなどの具体的な症状が現れて、病院に行ってもストレスだと言われて胃薬を処方されるだけの対応で済んでしまいます。

しかしながら釈迦が私達人間の世界には苦しみが満ちていて、そこから抜け出すことが出来ないという事実を見出した時に、苦しみの無い仏の世界、如来の世界に行くには解脱しかないと悟ったのですが、四苦八苦と言われる苦しみの中に怨憎会苦が入っているのは、会いたくもない人と会うことが、とても大きな苦しみだからです。

「会いたくなければやめればいいじゃないか」と言われても、家族を支えるための大切な仕事ですから、そう簡単には会社を辞めるという訳にはいきませんので、「仕事というものは我慢することでお金を得るもの」だと自分に言い聞かせながら、苦しみに耐え続けるのです。

離婚寸前

最初の頃はとても仲が良かったのに、何時の間にか冷めてしまい、会話もなくなり、お互いの嫌な面ばかりが目に付くようになり、相手を非難することはしても相手を尊重することが出来なくなった時に、夫婦の関係はもろくも崩れ去ってしまいます。

毎日姑の愚痴ばかりでいじめに遭い、頼りの檀那もマザコンであることが発覚し、自分に味方してくれる人が家族の中に居なくなったら苦痛の日々が続くだけです。

檀那がお金を渡さない、浮気している、奥さんが家事を全くしないなど様々な理由で多くの人達が離婚しています。

性格の不一致という昔ながらの理由も相変わらず離婚理由の多くを占めており、結婚してみて本当の性格が分って嫌になったということなのですが、結婚前までは優しかった人でも、実際に生活してみたら面倒なことは一切しなくなった、怠け者だったなどの本当の人間性が出てくることで幻滅してしまうのです。

そうなってしまったら一緒に居ることが苦痛なだけの関係になってしまいます。

会いたくない人と会う時には

僧侶の説明のイラスト

会いたくない人と会うというだけでも激しいストレスになりますが、何か良い方法があるのでしょうか。

一番良い方法は会わなくて済むのでしたら会わないことです。

しかしこれでは会う時のストレスが存在し続けますので根本的な解決にはなりません。

会いたくない人と会う時にはその人のことを「何と哀れな人」だと思い、そのような人であっても救われますようにと願って差し上げることです。

たとえ自分に対して悪事を働く人であっても、自分がその悪事に対して成敗しようとしてはいけません。

必ず天が成敗してくれるのですから、自分で為したことは自分に返るという自業自得の法則は大宇宙の不変の法則ですから、それを信じてせめて自分一人だけでも正しい行いをしていればそれで良いのです。

仏は天の世界から私達の住む人間界を見ていますと、人間というものは悪事を働く者ばかりですから、別にそのような悪人を救うようなことはしなくて放っておけば良いのですが、それでも一人でも多くの衆生を救おうとされるのは、救われることが仏としての自らの喜びになるからなのです。

私達も他の人の苦しみを取り除いて、それを楽に変えて差し上げる「抜苦与楽」を楽しみとするようになれば、人生大きく変わってきます。

人に対して優しくなり、多くの人に慕われるようになるのです。

会いたくない人と会うのも仏道の修行であり、修行だからこそ苦しいのは当たり前なのです。

嫌な人だと思うから会いたくないのであって、そういう観念を捨て去って、普通の人と会うと思えば良いのであって、「嫌なことを忘れる」ということこそ最も大切な修行なのです。

嫌なことを全て忘れることが出来る人は

世の中には楽な修行など一つもありません。

天が下さった試練というものは、それを乗り越えれば必ず次の世界が開けてくるのです。

少しでも高い世界へと昇っていくために頑張ってみませんか?