個別お焚き上げ

高野山真言宗やすらか庵のお焚き上げ場にて個別のお焚き上げ供養を実施しました。

これ位の規模ですと室内の護摩とあまり変わりませんが、それでも屋外ということで天に直通ですから原始的ではありますが護摩本来の姿ではないかと思います。

先日は奥様が亡くなって葬儀の時にどうしても棺桶に入れてあげたかった物があったけれど、葬儀のドタバタに紛れて入れるのを忘れてしまった遺品があるという方が、個別のお焚き上げ供養を利用されました。

その方は奥様の遺品をダンボール箱に入れて大切そうに持って来られ、本当は葬儀の時の棺桶にお気に入りの服を入れてあげたかったそうです。

護摩の儀式の中で自分の手でも奥様の服を火に入れてもらいましたが、そうすることで天に届いたと涙を流して喜ばれ、いつまでも感慨深く火を見ておられました。

このように思いやりのある夫婦でもお別れが来ることはとても辛いことではありますが、奥様も良き贈り物を頂いてさぞやお喜びになったことと思われます。

このようなことにお焚き上げ供養が使えるのですから、とても有難い事で、普通でしたら棺桶に入れるのを忘れた物は仕方なく諦めるということになるのですが、こういうことはいつまでも後悔の気持ちを持ち続けることになるのです。

気持ちを天に届けることが出来る、そして失敗しても前向きな方法があるということは宗教の素晴らしさであって、醍醐味でもあり、得られる安心は何ものにも代えがたいものなのです。

私達の世界では目に見える物を相手に届けることにより、相手の喜びや感激が伝わってきます。

たとえばお歳暮やお中元などの品物は相手から電話があったりしてその反応が分かる訳ですが、亡き人に御供え物をお仏壇に上げたところで、亡き人からの反応が直接に伝わってくるような事はありません。

それは御供え物が私達の見た目ではそのままであり続けるからであり、実際に食べたりするようなことが無いからです。

しかしお焚き上げではその物が火の中で消えていく様は、確実に亡き人に届けられている気がするのです。