5万円の樹木葬とは

樹木葬第5、6区画

5万円の樹木葬とはNPO法人やすらか庵と茨城県稲敷郡美浦村郷中2580如来寺との共同企画で施設された後継者不要の樹木葬です。

入るべきお墓が無い方に

お金が無い

故郷を離れて都会で暮らし、故郷には戻るつもりがないような方は万一の時のためにお墓や納骨堂を準備しておく必要がありますが、都会では結構な費用が掛かりますのでどうしても現在の生活が優先されてしまい、お墓のことは後回しになってしまいます。

入るべきお墓の無い人とは

  • 一人暮らしで後継者が居ないのでお墓の契約が出来ない
  • 散骨にしようと思っているが、出来ればお墓に入りたい
  • 入るべきお墓があるのだが人間関係が嫌で入りたくない
  • 入る権利のあるお墓があっても親族から拒否されている
  • お墓を買うだけのお金が無い

など様々な理由がありますが、もし自分用のお墓が5万円で買えるとしたら安心が買えるということであり、お墓の心配をすることが無くなります。

もし自分の万一の時に残された自らの遺骨の行き先が予想外の結果になってしまったら、悔いが残るのではないでしょうか。

自分のお墓を準備して「ここが終の棲家である」という意識を持つことで残された人生が終の棲家に向かっていくことが出来ますので、目標があるということは充実した時間を過ごせるということなのです。

諸行無常は不変の真理

祇園精舎の鐘

釈迦悟りの内容である「諸行無常」は「この世にある全ての物は例外なく形が変わっていく」という真理で要するに「永遠に続くものは何もない」という真理からすると子孫繁栄を願って建てられたお墓であっても永遠に続くものではないのです。

私達がこの世に生きてきた証を残そうとすること自体、釈迦の眼で見れば煩悩であり執着であり、捨て去るべきことなのです。

自分の名前や生きてきた証・業績を永遠に残したいという努力は無駄な努力であり、綺麗に消えて無くなることが地球のためであり次の時代に生きる人のためでもあるのです。

江戸時代位までは村の外れに死体捨て場があって庶民の死体は放り投げていたようで、葬る(ほうむる)の語源は放るから来ているとも言われていて、死体は魂が離れた後の抜け殻だと思えばそれで良かったのでしょうけれど、今の時代死して残された自分の遺骨が粗末に扱われることは気持ち的に嫌な事だと思います。

死後の片付けは自分で出来ない

大きい仏像が不要のイラスト

自分の死後にはもう自分の片付けをすることが出来ませんので、ある意味されるがままになるのは仕方のないことであり、出来ることなら丁寧に扱って欲しいと願うばかりです。

信頼出来る愛する人が居るならば、自分の死後は丁寧に扱ってくれるでしょうけれど、人間関係が悪かったり信頼出来る人が居なければ、残したお金にハイエナのように人々が群がってお金をはぎ取っていき、お金が無かったり借金まみれの場合には誰一人弔いに来る人が無く、遺骨の引取りも拒否されることになるのです。

ある程度の年齢になったなら、不治の病の宣告をされたなら、自分の身の回りの物は必要最小限にして片付け、お金が残るようでしたら慈善団体などに寄付をすることで、自らの功徳を積むことに専念致しましょう。

5万円の樹木葬は契約してから30年間は自分のお墓として使え、30年を経過したらすぐ傍の合葬墓に移転する仕組み(契約者の負担なし)ですが、もしもの時には10年単位の延長制度があります。

自分のお墓は自分で契約して、そして時々見に行って終の棲家としての人生のゴールを確認することで、以後の充実した時間につなげていきましょう。

私も汗を流して御奉仕させて頂きました

樹木葬-整地

供養やお墓のことでお困りの方の救済のため、毎日通って汗を流して働いて出来上がった手作り樹木葬です。

NHKおはようニッポン

この樹木葬に対して御奉仕させて頂いたことはとても有難いことで御座います。

身体と心を使っての手作りは亡き人に喜んで頂くためで御座います。

私が自信をもっておすすめいたします。

もっと詳しく

自分のお墓を準備してみては如何ですか…5万円の樹木葬