悪縁消滅とは

悪縁消滅

悪縁消滅とは不幸の連続や人間関係のトラブルなどの悪い縁が消えるように願うことで、寺社では神仏の力によって消し去る祈願が行われています。

悪縁とは

悔しい感情のイラスト

御縁を大切に…私達は一人の力はとても小さく、出来ることは少ないけれど、多くの人が関わることで一人では出来なかったいろんなことが出来るようになります。

私達の社会は多くの人が役割分担しながらつながることで成り立っていますが、そのつながりの最小の単位が家庭であり、学校、職場、地域などでは様々な御縁で繋がっているのです。

御縁には良いご縁である「良縁」と悪い御縁である「悪縁」があり、「良縁」であるか「悪縁」であるかは相対的なものであり、例えばBという人がAにとっては「良縁」であるけれどCにとっては「悪縁」になるというような性質があります。

人と人とのつながりが良縁になるか悪縁になるかはお互いの相性や利害関係に左右されるのです。

私達にとっての悪縁とは、人との出会いによって不幸が続いたり運気が下降するなどで悪い方向に進んでしまう結果をもたらします。

人からいじめを受けたり暴力やハラスメントを受けたりするような明らかに眼に見える悪縁もあれば、どうも恨まれているようだ、自分だけが無視されている、あの人が会社に来てからいろんなことがうまくいかなくなった、などの因果関係がはっきり分からない気持ち的な悪縁もあります。

このような悪縁はなるべく早く切ってしまえば良いのですが、職場での関係などで簡単には切れないこともありますし、悪縁との因果関係が分からなければ切りようがありません。

悪縁の切り方

放剣の儀のイラスト

御縁というものが糸でつながっているとすれば、糸を切ってしまえば繋がりが無くなるはずです。

悪縁を切るためには自らの手で切るのが一番良い方法です。

しかし世の中には切っても切れない付き合いや人間関係というものがあってそう簡単には切れないものだからこそ苦労するのです。

人と人とのご縁なんて一本だけの糸でつながっているのではなくて、いろんな糸がつながっているのかもしれませんね。

ましてやいろんな糸でつながっている人と人との御縁の糸の中で自分の都合の悪い糸だけを切ろうとすること自体が自分勝手なことかもしれません。

悪縁を良縁に変える方法

毘沙門天

自分にとって気に入らない人が目の前に現れたとしても、それはその人の行動をきっかけにして自分の行動を改めなさいという神仏からのメッセージかもしれません。

地獄」の世界があって「極楽」があるように、世の中には「悪」があるからこそ「善」があるのであり、「善」だけの存在はありません。

同じように「悪縁」があるからこそ「良縁」があるのであって悪縁と良縁は人によって見え方が違うだけですので、仏の世界からすればどちらも同じものであり、御縁でしかありません。

しかし見方を変えろと言われても何をしたら良いのか分かりませんし、嫌いな人には消えて欲しいと素直に思うのが人情なのです。

こういう時にはやはり神頼みが最も効果があり、特に毘沙門天人間世界の傍に居られて私達の苦労を最もよく理解して下さり、衆生の魂の向上に日夜努力されて居られるのですから、頼んでみる価値は大です。

神頼みとは自分も最大限の努力をした上で神様を信じて自分の運命を神様に任せることなのです。

毘沙門天は鎧兜に身を包み悪を寄せ付けない神ですから、毘沙門天に護ってもらうことで悪が近付きません。

但し「あいつは嫌いだから消してくれ」などの願いは受け付けません。

嫌いな人を消すのではなくて、嫌な影響、悪い影響を受けなくするのです。

最終的には全く気にならなければそれで良いのです。

この世の中はいろんな人が居て成り立っているのであって、それが密教曼荼羅の思想であり、もっと言えば無駄な者は一人も居ないということなのです。

たとえ自分が嫌いな人で皆から嫌われているような人であっても、存在する意味が必ずあるのです。

悪縁消滅、心願成就の御札

自分にとって必要だから御札か御守りを作って下さいというリクエストはとても貴重な声であります。

悪い縁を切りたい、良い御縁に変えたいというクリエストにより悪縁消滅、心願成就の御札を作成させて頂きました。

悪縁消滅、心願成就