ことしはおじいちゃんの〇〇回忌じゃなかったかな…こういう時に年(回)忌法要早見表があると便利です。法事を準備するのに、間違えて準備してしまったり、うっかり忘れてしまったら恥ずかしいものです。毎年必ず年忌法要早見表を見る習慣をつけておきたいものです。

年回忌法要早見表とは

年回忌法要早見表とは、過去に亡くなられた方の法事が何回忌になるのかを見るために使います。亡くなられた年を見て、該当すれば今年は法事を行う年ということです。

亡くなった人の没年月日が分からない時にはエンター

平成30年度の年回忌法要早見表

平成30年度 年回忌法要早見表
年忌  亡くなられた年
1周忌  平成29年(2017年)
3回忌  平成28年(2016年)
7回忌  平成24年(2012年)
13回忌  平成18年(2006年)
17回忌  平成14年(2002年)
23回忌  平成8年(1996年)
25回忌  平成6年(1994年)
27回忌  平成4年(1992年)
33回忌  昭和61年(1986年)
37回忌  昭和57年(1982年)
50回忌  昭和44年(1969年)
100回忌 大正8年(1919年)

平成31年度(令和元年)の年回忌法要早見表

平成31年度(令和元年) 年回忌法要早見表
年忌  亡くなられた年
1周忌  平成30年(2018年)
3回忌  平成29年(2017年)
7回忌  平成25年(2013年)
13回忌  平成19年(2007年)
17回忌  平成15年(2003年)
23回忌  平成9年(1997年)
25回忌  平成7年(1995年)
27回忌  平成5年(1993年)
33回忌  昭和62年(1987年)
37回忌  昭和58年(1983年)
50回忌  昭和45年(1970年)
100回忌 大正9年(1920年)

亡き人のために何かして差し上げたいと思ったら、供養が一番です、供養という意味では法事が定番ですが、都会暮らしの方にとっては、親族を呼んでの法事という機会が少なくなりました。呼ぶべき親族がいないのですから、仕方ありません。最近は身内の物だけで、しかもお寺に出向いて読経してもらうという法事(上げ法事)が増えています。

見栄を張ることなく、無理することなく、故人様を偲び、供養を届けることは、故人様にとっても、私達にとっても大切なことです。

回忌の基本的な考え方

  • 1周忌だけは1回忌と言いません
  • 1周忌が過ぎましたら、後は3と7の数字が続きます
  • 23回忌と27回忌の間をとって25回忌ということがあります。(23回忌と27回忌はしない)
  • 近年は33回忌で終わりということが増えてきました(37回忌はしない)
  • 50回忌は一昔前までは普通に行われていました
  • 100回忌は子孫がそれだけ続いているということを祝うという意味合いもあります

とても便利な早見表-平成31年度版を私がデザインしてみました、よろしかったらお使いください。

平成31年度年回忌法要早見表-A4サイズは、下の画像をクリックすれば表示されますので、「名前を付けて画像を保存」してください。

平成31年度 年回忌早見表

亡くなってから2年間は

法事

故人が亡くなって2年間は法事が続きますので、何回忌の法事であるかを忘れるようなことはありません。亡くなってからの法事は

  • 初七日
  • 二七日
  • 三七日
  • 四七日
  • 五七日
  • 六七日
  • 四十九日(満中陰)
  • 百か日
  • 1周忌(ちょうど1年)
  • 3回忌(ちょうど2年)

1周忌や3回忌はなるべく命日か命日に近い日に行います。皆が集まりやすいように日曜日にしたりすることが多く、また、命日より遅いと忘れたと思われるので、命日よりも少しだけ早くするのが一般的です。

また、3回忌までは他のご先祖の法事と一緒にしないのが一般的です。しかし、お寺さんによって考え方が違うこともありますので、それぞれのお寺さんに従ってください。

複数のご先祖の法事を行う時

おじいちゃん-遺影 おばあちゃん-遺影

おじいちゃんの13回忌とおばあちゃんの7回忌を一緒に行うことは可能です。しかしちょうど同じ年にぴったりと当てはまるようなことは少ないので、どちらか早い方に合わせると良いでしょう。

例えばおばあちゃんが平成24年に亡くなっていたら、今年が7回忌の法事になりますが、おじいちゃんが平成19年に亡くなっていたとしたら、正確には今年おばあちゃんの7回忌をして、来年おじいちゃんの13回忌をすることになりますが、今年おばあちゃんの7回忌とおじいちゃんの13回忌をまとめて行うということがよく行われています。

丁寧に行うという意味では、一人一人を分けて行うべきですが、法事をするにしてもそれなりの費用と時間がかかりますし、なるべく節約してということは、世の中の流れなのかもしれません。

ご先祖様の数が多い家では場合によっては1回の法事で5体の方の法事を一緒にしたりということもあります。

また、考え方によってはおじいちゃんとおばあちゅんの仲が良かったのだから、一緒に行えば喜んでくれる、という見方もあるかもしれません。しかし、お寺さんによって考え方が違うこともありますので、それぞれのお寺さんに従ってください。

一番最後の法事は

近年は33回忌の法事で終わりとすることが増えているようですが、可能であれば例えば33回忌と50回忌、或いは100回忌が一緒に出来るのであれば、した方が良いのではないかと思います。

100回忌の法事ともなりますと、その方を知っている方がおられるということはありませんが、子孫がそれだけ長い間続いているということですから、昔から祝いの法事と言いまして、目出度いということから、タイの尾頭付きを出して祝ったようです。

本来、輪廻転生の立場からすると、人間というものは生まれ変わっていますので、法事などしても意味が無いはずなのですが、これは仏教的な考えではなくて、我々の祖先の固有の宗教観と道教、儒教などの影響を受けた、祖霊の供養ということをしているのであり、人は死んでから50年、或いは100年で家の守り神になるという信仰と結びついたからこそ法事というものがあるのです。

法事と友引

友引というものは、亡くなった方が友を引いていくという意味ではありませんので、気にする必要はありませんが、お葬式だけは皆さん縁起を担ぐということと、実際問題、斎場にもお休みが必要なので、お葬式が行われないだけの話です。

法事を行う日は、友引でも構いませんし、どんな日でも構いません。大勢の方が集まるような法事でしたら、わざわざ休みを取らなくても済むように、土曜日、日曜日に行うのが通常です。

これは役に立つ→法事に関する質疑応答エンター

高野山真言宗やすらか庵の法事エンター

法事は利他行の実践である

利他行

法事は追善供養(ついぜんくよう)とも言いまして、亡き人にこちらの世界より功徳を積んで送り届けるという役割があり、亡き人のために行うものなのです。自分のために行うのではなくて、亡き人のために行う利他行の実践なのです。

亡き人に功徳を届ける

亡き人は肉体から魂が離脱してあの世に旅立ち、慣れ親しんだ肉体は焼却されて骨になってしまったので、もうこちらの世界に戻ってきて生身の体を取り戻して生きていくということは出来ません。あの世の世界では亡き人の現世での罪を裁かれて、次の世界への道筋が決まっていくのです。

仏法では自らの罪は自ら背負う「自業自得」が大原則であり、他の者が肩代わりすることが出来ません。そして現世での善悪の行いは命を終えた時点で決定します。最終的に亡き人の善悪の比重がどうなるかは、誰も動かすことが出来ないのです。

私達人間は誰しも良いこともするけれど、悪い事をする方がむしろ多いようなもので、もしあの世に行ったとして、現世での行いを善悪を秤にかけたとしたら、恐らく誰もが悪の方が重いのではないでしょうか。

こういう時に子孫の者達が追善供養をしてくれて、功徳を自分に届けてくれたら、どんなに嬉しいことでしょう。この世からあの世に何か届けてあげようと思っても、目の前にあるような物は何も届けることは出来ませんが、功徳という目に見えないものだけは届けることが出来るのです。

目に見えないものだからこそ届けられる

追善供養の功徳とは、亡き人に対して「どうかあの世の世界でも良い世界に行けますように、そして私達がお送りする功徳が届きますように」との願いが込められているのです。神仏の世界や先祖の世界が元々私達の目には見えないもので成り立っているからこそ、目に見えないものを届けることが大切なのです。

しかし神仏の世界や先祖の世界が私達から見えないのは、私達の心の目が曇っているのであって、本来は見えているはずなのです。

功徳を届けるだけ

功徳というものは、見返りを期待しては功徳では無くなってしまいます。「ただ差し上げるだけ」が本当の功徳であり、何かをしたから何かをください、というのは功徳ではありません。自分が成した行いが本当に他を思うだけの利他業の実践であれば、最終的には自分も徳を積ませて頂いているものです。くれと言って貰うものではなくて、気が付いたら頂いていたというものなのです。それが法事であり、先祖供養であり、追善供養なのです。

報恩謝徳

報恩謝徳とは、その徳に感謝して受けた恩に対して自分のできる限りのことをしようという気持ちのことです。

四恩について

私達は自分一人の力だけで生きている訳ではありません、「大乗本生心地観経」では、父母の恩・衆生(社会)の恩・国王(国家)の恩・三宝(仏・法・僧)の恩の四恩を説き、弘法大師空海もこの四恩の大切さを説いています。

父母の恩

父母とは文字通り父母、自分の両親のことであり、命を授けて下さった方です。父母が居なければ私達は生まれてくることは出来ませんでした。

衆生の恩

衆生とは周りの社会を支えている人達のことで、買い物するにも然り、電車に乗るにも然り、私達が便利で快適な生活が出来るのも、社会を支えている周りの人達のおかげなのです。

国王の恩

私達は今この平和な日本に生まれて来たことを心の底から感謝しなければいけません。世界中を見渡せば、戦争や紛争の絶えない国や、民衆が貧困にあえぐ国、自由の無い国などがあり、自由で平和な国に生まれてくるなんて、類まれなことなのです。国王、国家のおかげなのです。

三宝の恩

三宝とは仏法僧のことで、仏とその仏が説く法と、そしてその方を伝える僧がいて初めて真実の法は広まっていくのです。真実の法は迷い多き私達に真の幸福を教えてくれるものであり、私達は仏法僧のご縁が無いと真の幸福には近づいていけないのです。

四恩に感謝の先祖供養

父母に感謝することは、亡き父母に感謝することであり、ご先祖様に感謝することと同じです。何回忌と決まった法事はその時で終わりですが、基本としては毎日行う先祖供養が感謝の気持ちを表す行動なのです。

自分で出来る先祖供養

仏壇や祭壇にお線香やお茶湯を上げたり手を合わせて礼拝したり、読経したりすることが供養です。出来ましたら毎朝決まった時間に行い、毎日の習慣にしたいものです。

寺院での先祖供養

寺院に出向いて先祖供養をお願いします。位牌や過去帳があれば持って行きます。~回忌の法事では無くて「先祖供養」の旨伝えましょう。高野山真言宗やすらか庵でも先祖供養していますので、お気軽にご利用くださいませ。

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