盆踊りとは

盆踊り

盆踊りとは我が国においてお盆の時期に先祖を供養するために開催される行事のことです。

念仏上人と念仏踊り

空也上人のイラスト

空也上人は平安時代中期に活躍した念仏僧で、阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人(いちのしょうにん)とも呼ばれています。

空也上人は修行僧として市井の中に身を投じ、社会活動を実践しながらの念仏を布教したことで多くの庶民階級の人達の支持を得ることが出来ました。

念仏踊りのイラスト

空也が「南無阿弥陀仏」を唱えながら鐘を叩いて踊れば、それに釣られて次々と踊る人が増えていき、皆が恍惚状態で極楽浄土の阿弥陀如来様に救われていく一種の独特な世界が出来上がる、これこそが誰もが救われる宗教としての感覚を味わうことの出来る修行なのです。

京都市中で鐘を叩きながら念仏踊りを広めていった空也は念仏することと踊ることを組み合わせた画期的な布教を編み出した宗教者です。

この大きな流れは盆に先祖の居るであろう阿弥陀如来の世界への入り口が提灯の灯りに灯されて浮かび上がる中で、苦しい時代にあっても誰もが必ず救われるという希望が持てる盆踊りの伝統につながっているのです。

空也上人の念仏踊りは亡くなった人の供養よりも苦しい時代に生きる人達の心の救済という意味合いが強いのではないでしょうか。

精霊流し

精霊流しのイラスト

私の故郷である九州の長崎には「精霊流し」という行事があります。

精霊流しは長崎県を中心として熊本県の一部、佐賀市などで8月15日の盆に行われる初盆を迎える死者の魂を送る仏教行事です。

精霊流しは8月15日の夕方に初盆を迎えた故人の家族や親族、友人などが提灯や造花などで飾り付けをした精霊船に故人の精霊を乗せて川や海に流して極楽浄土に送り出すという行事でしたが、現在では海洋汚染防止のために「流し場」と言われる集積所まで運ぶことが決められています。

精霊船は長さ1メートル程度の小さなものは大人2、3人で担いで運び、長さ数メートルから数十メートルにも及ぶものには車輪が付いていて数十人で引きます。

流し場までの道中では大量の爆竹を鳴らしてロケット花火を打ち上げたり、精霊船を引き回したりなどの祭り的な要素が年々エスカレートして火災や事故など要因となったために、ロケット花火禁止、路上での引き回し禁止などの通達が出ています。

補陀落浄土

長崎出身のさだまさしがグレープというバンド名で活動していた頃のヒット曲である「精霊流し」はさだまさしの母方の従兄が水難事故で亡くなったことを題材にした静かなメロディーの悲しいイメージの曲ですが、その曲を知っている人が初めて実際の長崎の精霊流しを見たらあまりの賑やかさに驚くのは当然のことです。

最近ではキリスト教形式やテレビのアニメをテーマにした精霊船もありますので、仏教には関係ないお祭りのようになってしまいましたが、本来でしたら精霊船の帆に描かれるのは阿弥陀如来であったり南無阿弥陀仏の文字であったりと、初盆を迎える精霊を船に乗せて静かに川や海に向かい、極楽浄土にたどり着くことを願って実際に川や海に流していたのが本来の姿なのです。

盆踊りは仏教の行事

僧侶の説明のイラスト

バブルの時代には何処の町内会でもお盆の恒例行事としての盆踊りが盛大に行われていて、御先祖のお墓参りを済ませて浴衣を着て夕涼みがてら家族揃って盆踊りに出かけていました。

盆踊りは古くから地域の人達や男女の出会いの場でもあり、今の時代のようにスマホが無かった時代に、夏に開放的になった男女が一夏の経験を求めて海に山にと出掛けていたことがレジャーだった時代に、盆踊りは踊って唄うということを通して皆が参加する行事であり、念仏踊りがある意味恍惚状態になって踊っていたことを思えば、気分的にハイの状態になりやすいエネルギーを秘めているのです。

仏教の念仏修行には一心不乱に念仏しながら踊っている内に浄土の世界に引き込まれる感覚があるのです。

盆踊りには地域の団結や交流、男女の出会いなどの様々な目的がありますが、本来は仏教行事であり、先祖の供養として闇の中で灯明を灯して念仏と踊りを奉納し、その灯りに照らされて自分達も浄土に導かれることを願う祭りなのです。

消えゆく盆踊り

消えゆく盆踊り

他にもいろんなルーツを持つ盆踊りも仏教の色彩の強い行事であることを思えば、現代に於いては町内会や子供会の行事から宗教性のあるものを排除していくのは自然な流れかもしれません。

どんど焼きも同じく宗教行事であることから消えゆく運命にあります。

宗教に関しても近年では色々な団体が大きな社会問題を起こした故に国民の宗教嫌い、宗教アレルギーに発展しています。

コロナ渦の中で盆踊りも壊滅的な影響を受けて廃止の流れが進みましたが「それは宗教行事だからうちの子供は参加させません」「それは宗教行事だから私は参加しません」という人が増えていくことで更に廃止の流れが進んでいるのです。

しかし実際は祭を支えている人達の高齢化で継続が困難になっていることが一番の問題かもしれません。

今の時代には更に気候変動による熱帯夜、ゲリラ豪雨などが夏の屋外の行事を中止に追い込んでいるのです。

盆踊りに関しては何よりも本来の意義が分からないままに地域の祭りとして続けていくことは困難なことです。

夏になったら朝一番にラジオ体操に行き、野山を駆け回ってセミやクワガタ・カブトムシなどをとり、プールや海で泳ぎ、家に帰れば扇風機に当たりながらかき氷を作って食べ、夜には花火をしたり蛍をとりに行くような幼少期を過ごした私にとって、今の時代からすると不便な事ばかりでしたが充分に楽しかった思い出ばかりです。

私達は今自然から離れて虫の居ない空調の効いた快適な生活を手に入れ、出かけなくてもスマホで友達と連絡したり、通販で買い物すれば家まで届けてくれるような生活をするようになりましたが、私達の周りの大自然の中に居た八百万の神々にとって随分と居場所が無くなってしまいました。

夫婦だけで暮らしているからお墓は不要、墓じまい、そして自分達は散骨で構わないと言う人達が増えていく中で御先祖様もまた居場所を失くしつつあるのです。

盆踊りを見たり参加するような機会がある時には、御先祖様に感謝の気持ちを手向け、静かに自分の心を見つめ直してみませんか。